骨になるまで 05(完)

 手当をすると傷口に消毒液がひどく滲みた。ガーゼを当てて、包帯を巻いて。幸い私の傷口は浅かったからすぐに治りそうだった。おねえちゃんの胸の傷は少し深くて、血が止まるまで気が気じゃなかったけど、おねえちゃんは「大丈夫」と笑った。こんなものよりずっと心の方が痛かった、と。

   ***

 おねえちゃんと暮らし始めて、最初の梅雨がやって来た。職場から帰るとアパートの近くに水場があるのか、外階段の手すりに小さなアマガエルがいた。
「ただいま」
 傘を畳んで玄関脇に置くと「おかえり、あやめ」と愛しい人の声が飛んできた。
「おねえちゃんの方が早かったんだね」
「うん、昨日夜勤だったから」
 おねえちゃんは今、男性介護士として働いている。しのぶおねえちゃんが女の身体だと知っているのは直属の上司だけである。バレー部では一番の長身だったおねえちゃんも、男性に混ざると小柄な方になってしまう。それでもいいと、おねえちゃんは笑った。
「おねえちゃんはさ、前みたいに私と産まれたくなかったとか思うの?」
 私は買ってきたお肉を一回分ずつにラップに包んで冷凍庫に入れていた。
「ううん、今はそうは思わないよ。もっと大事なこともあるだろ」
――――たとえば、あやめを愛するとか。
 おねえちゃんは私を後ろから抱きしめた。当たる胸の感覚は固い。押しつぶされた胸のようにおねえちゃんはいろんなものを押しつぶして生きてきた。私ばかりが吐き出して。
 男として見て欲しいと願うおねえちゃんのことを受け入れられなかったのは私だ。諦めて、都合よく一緒に暮らして、でも、今はそれでよかったのかもしれない。もっと大事なことがあるから。思考を停止して、雨に濡れて、川から海へ。
 おねえちゃんは職場で男性として働けるのが安定剤になっているのか、最近は何も言わなくなった。苦しそうに男になりたいと渇望することもなく、おねえちゃんと呼べばにっこりと歯を見せて笑った。眉間の皺が浅くなり、溜息も減った。私たちのセックスも穏やかなものに。
 私たちが似て非なるものだと理解しているのは私たちだけでいい。同じでいたかった。同じ存在として生きていたくても、私たちは違うから愛し合える。
「男女カップルに見えるから堂々とデートできるっていうのは利点?」
「私は女同士でも堂々とデートしてやるよ」
 それに、と私は付け加えた。
「私たちはカップルじゃなくて、双子だから」
 振り返って私はおねえちゃんの唇を舐めた。「そうだね」
 私たちは二つに分かれてしまった。だからお互いを求め合う。ぐずぐずになるまで、血と肉になって。そして最後は、骨になるまで。


最後までお読み頂きありがとうございました。
幼い日の思い出から、自由になった大人へ。そんな思いを込めて書き上げました。
バレンタインデー何も関係ないお話ですが、皆様よいバレンタインデーをお過ごしください。
拍手、感想お待ちしております。この度はありがとうございました。

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2018/02/14 (水)

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