高嶺の雪

 彼と歩いた浜辺から、富士を見上げた。鈍い銀色の空に包まれた高嶺には真っ白な雪が降り積もっている。彼が見たいと言った富士の姿がそこにはあった。雪の中で感じた彼の熱を思い出す。今もあの山の上には、ひらりひらりと白い雪が降っている。

 時は七月頭。俺はいつものように籍だけある高校とは真逆の方角にある図書館に向かった。陽炎が見えるほどの陽射しに眩暈がするようで、踏み入れた図書館の涼しさが掻いた汗を心地よく冷やしていった。
 整然と並んだ本の森を抜けていつもの座席、一番奥のアメリカ文学の前の閲覧席に腰掛けようとした。
 今日は、いつもと違う。
 四人掛けのテーブル席に赤いポロシャツ姿に短いブロンド髪の男がいた。大きな体格を見る限り欧米人だろうか。白い肌に色素のない毛がキラキラと光る逞しい腕。男は何かテキストらしきものにシャープペンシルで書きこんでいた。
 話しかけられませんように。そう願って俺は対角の席に着く。他の席に着けばいいものを、俺のこだわりがそうさせなかった。
 男の様子をうかがいつつ、俺も高校で買わされた教科書とノートを開く。今日は古文。伊勢物語の『東下り』を読んでみるが意味が分からない箇所の方が多い。それでも、和歌が美しいと思えるのは何故だろうか。
「すみません……Excuse me」
 嫌な予感がしていたが、斜め前の男に話しかけられた。顔を上げると濡れた碧い瞳が俺に向けられる。美しさに目を奪われる一方で、正直逃げたかった。
「ココ、分からない。教える、ください」
 テキストを見ると、英語で書かれた日本語のテキストだった。漢字とひらがなを線でつなぐらしい。
 俺は英語が得意ではなかった。どう説明したらいいのだろう。
 一瞬考えて、彼の横まで行って漢字を指差し、答えまでテキストをなぞった。
「ここが、ここ。で、これが、これ」
「thank you! ありがとうございます」
 どういたしまして、が分からなくて俺は頭を小さく下げた。逃げるように対角の席に戻ると、男はペリドットの瞳を潤ませて、柔和に微笑んだ。綺麗だ。そう俺は思った。
 そのままむず痒いような沈黙の中で、俺たちはそれぞれテキストに向かっていた。時々気になって彼の方を見ると、色素の薄い髪が海辺の窓から差し込む光でチラチラして、その美しさに見とれるのであった。
 何度目かのとき、うかつにも目が合ってしまった。彼は目を細めて笑う。いたたまれなくて、俺はあーとか、うーとか、言って鼻を掻いた。見なくても頬が熱いのが分かった。夏の陽射しのせいならよかったのに。
「すみません。お腹空きました。お店、知っている、ますか?」

 俺は初対面の外国人と、近所の食堂に来ていた。港に近い魚が美味しい地元民しか来ない古びた食堂。彼は物珍しそうに店内を見渡す。壁中に貼られた手書きのメニューのどれだけを彼は読めるのだろう。
「じんちゃん、いらっしゃい。今日はまたえらくイケメンなお友達が一緒ねぇ」
 旦那さんと二人で食堂を切り盛りしているおばちゃんに小脇をつつかれる。友達、なのだろうか。
「おばちゃん、アジフライ定食ふたつ」
 はいよ。とおばちゃんが嬉しそうに言うものだから俺はさらに恥ずかしくなった。
 彼と向かい合って座ると、彼の顔立ちの美しさが直射日光みたいで俺は何度も見ては顔を背けていた。
「私はニューヨークから来ました。Stephen Redです」
「スティ……えっと?」
 復唱してみるがうまく聞き取れなかった。
「Red. Here」
 彼は来ていた赤いシャツを引っ張ってみせた。そうか、赤のレッドか。
「レッドさん」
「Yes」と彼は嬉しそうに笑ってみせた。ペリドットの瞳に白い歯。なのに、名前は赤。名前がレッドさんだから赤い服を着ているのかな、なんて思うと面白くて小さく笑ってしまった。
「あなたも、笑うですね」
 煩い、なんて思ったが、嬉しかったから言わないことにした。

「はい、お兄さんがイケメンだからおまけだよ」
 肉厚なアジフライにかぶりついていると、イケメンに弱いおばちゃんが小鉢をふたつ並べる。レッドさんは思っていたより箸使いが上手だった。
「これ、何ですか?」
 彼がおばちゃんに訊く」
「タコときゅうりの酢の物。えーっと、酢の物って英語でなんていうのかしら。オクトパスとキューカンバーよ」
「Oh!!!Crazy!!!」
 どうしたどうした。
「私たち、Octopus、食べないです。日本人Crazyです」
 怯えて箸を握りしめるレッドさんが面白くて、俺はわざと見せつけるように食べた。うん、タコの歯ごたえが良くて美味しい。
「食べると、死ぬ?」
「死なないよ。ベリーデリシャス」
 ニヤリ、と挑戦的に笑ってみせると、レッドさんもおそるおそる箸を伸ばす。
 ヤム、と声を上げて口に入れる。モグモグ、ごっくん。
「美味しいです。日本、凄いです」
 でもCrazyです。と挙動不審なので、そんなレッドさんが可愛く思えた。

 食堂を出ると、レッドさんは、今日はありがとうございました、と頭を下げた。夏の陽射しでブロンドの髪が透けて見えて、どんな言葉を使ったらいいのか分からないほど美しかった。
 それじゃあ、と立ち去ろうとするレッドさんのシャツの裾を俺は咄嗟に掴んでいた。
「えっと、Tomorrow……Will you come the library tomorrow?(明日もあの図書館に来る?)」
 レッドさんは嬉しそうに微笑んで、Yes、と答えた。
「名前、聞いてないでした。あなたの名前」
「名前……My name is Yamabe Jin.(俺の名前は山部仁です)」
 よろしくお願いします、仁さん。レッドさんは俺の手を俺よりずっと大きな手で包んだ。

 それから、俺たちはあの図書館の最奥の机で会うようになった。俺が先にいる日もあれば、レッドさんが先にいる日もあった。それぞれが勉強しているだけ。それでも互いの気配を感じられるだけで嬉しかった。たまに一緒にご飯を食べた。
レッドさんは語学留学という名目で日本に来たが、本当はアニメが好きだったから。英語に翻訳された日本の漫画も数冊見せてくれた。しかしながら静岡じゃ殆どアニメが放送されていない。そのことを教えたらひどく嘆いていた。アニメショップがどこにあるか一緒に検索したら新幹線に乗らなきゃいけないことがわかってさらに落胆。そんな姿すら、可愛らしく思えてしまう。
どうして静岡のこんな小さな港町を選んだのか聞いたことがある。彼はたった一言「富士山が見たかったから」と微笑んだ。
そして夏の陽射しは日に日に強くなって本格的な夏が始まろうとしていた。つまり、この二人だけの時間の終わりを意味していた。
 その日、レッドさんに問われた。
「仁さんは、もうSummer vacationですか?」
 サマーバケーション。夏休みのことかな。
「No, 俺は学校行ってないだけ。I don’t go to school」
 レッドさんは眉尻を下げた。
「学校、嫌い?」
「ううん。嫌いじゃなかった。でも、好きでもない。人がたくさんいるのは怖いから」
「So……」
 レッドさんは俺の手を取って、大丈夫です。と静かに言った。私がいます、と。
 俺はその手を振りほどけなかった。怖い、はずなのに。
「海、行きませんか?」
「うん」
 夏休みがもうすぐ始まる。静かな図書室が、終わる。
 港にほど近い浜辺には、人が他に誰もいなかった。雄大な波の音。繋がれた俺たちの手を高い日が照らす。しっとりと、海のまとわりつくような風が肌を撫でた。
「ここから、富士山、見える?」
「富士山はあれだよ」
 海に背を向けて指差す。
「茶色なのですね。絵だと青の山と白の雪があります。Where is the snow?(雪はどこ?)」
「それは冬の富士山だよ。夏は雪がないの。There is not snow in summer.」
 残念そうに肩を落とすレッドさんの手を強く握る。また行こうって、どう伝えたらいい。でも、ひとつだけ分かるのは、この気持ちの伝える言葉だ。
「あのね、レッドさん。俺、There is a thing that must be said.(言わなきゃいけないことがある)」
「なんですか?」
 レッドさんは俺に向き直って両手を繋ぐ。そのペリドットの瞳に、この言葉を捧げる。これで最後になるのだから。

「I love you」

 波の音で消えてしまいそうだった。笑って歪んだ俺の瞳の端から雫が流れ落ちる。海の中の泡となって、俺は消える。彼の顔なんて見られやしなかった。
 立ち去ろうと背を向けて砂浜を歩きだしたとき、背中が大きな体に包まれる。
「待って、ください」
 レッドさんの胸の中にすっぽり収まる。レッドさんの匂いがする。干したての羽毛布団のような温かくて、いつまでもそこで微睡んでいたいような誘惑。
「私も、愛しています」
 耳元で囁かれる甘い声は、俺の全てを許してくれたようで、ただただ泣くことしかできなかった。

 夏休みが始まった図書館は涼しい環境で課題をやりたい学生で混みあう。そんな場所に俺は恐ろしくていられなかった。俺はあの大多数の学生たちとは違う。恐怖で足がすくむ。あの日以来、俺は図書館に行っていない。レッドさんとメッセージのやり取りをしていた。
「仁さんは、元気にしていますか?」
「Yes. But, I’m lonely.(元気だよ。でも寂しい)」
「私も、仁さんにあいたいです」
「Would you like to have a lunch?(昼ご飯食べに行きませんか?)」
「いいですね。でもタコはいやです」
 俺は英語で、レッドさんは日本語。奇妙な会話が続く。
そしてたまに会ってはご飯を食べ、富士を見上げ、手を繋いだ。雪はまだ降らないの? とレッドさんは言う。まだまだ先だよ、と言うのだけれど、冠雪した富士山が見たい。とレッドさんは美しい碧い瞳を輝かせるのだ。それも、時折寂しそうに。

「仁さん、あなたに言わなければいけないことがあります」
 そう切り出されたのはお盆休みが終わる頃だった。その日は重く曇っていて、浜辺から見る波は黒く荒れ狂っていた。
「どうしたの?」
 あまりにも神妙な顔で言うのだから、俺の心臓は不安で大きく拍動していた。
「私はニューヨークに帰らなくてはいけません」
「いつ?」
「September……九月? の最初です」
 息が止まった。
「ニューヨークの大学に戻ります。今までありがと――」
「嫌だ!」
 黒い波の音さえも切り裂くように叫んだ。
「Don't go anywhere! Stay with me……(どこにも行かないで! 一緒にいて)」
 とめどなく流れる涙を拭うことすらしなかった。
「仁さん、私も寂しいです。でも、行かなくてはならないのです」
「No……行かないで、行かないでよ、レッドさん」
 みっともなく泣き叫ぶ俺をレッドさんはしっかりと抱きしめて、大丈夫、と言い続けた。気付けば空が破けたように重たい夏の雨が降りしきり、富士の遠雷が聞こえた。

 ずぶ濡れになった俺たちは、レッドさんの借りているアパートの一室に来た。窓からは雲に覆われた富士が見える。雲の中で閃光が瞬くのをじっと見つめた。
「レッドさんの家、初めてだね」
「何のお構いもできませんが」
 どこでそんな日本語を覚えてくるのだろう。小さなキッチンにユニットバス、六畳間の和室が二つ連なっているだけの小さな部屋だった。
「服、脱いでください。乾かします」
 代わりに渡されたのは、俺には大きすぎるTシャツだった。渋々着替えていると、レッドさんは「仁さん、細いです」と笑った。でもその瞳に色が灯っていることを、俺は嬉しく思った。
 レッドさんも着ていたシャツを脱ぐ。逞しい腕、厚い胸板、筋肉質な腰。
 俺はレッドさんの背中を抱きしめていた。
「仁さん、冷たいです」
「雨に濡れたからね。ねえ、雪山で遭難したらどうやって身体を温めるか知ってる?」
 幾分奥ゆかしすぎただろうか。それでも、レッドさんの大きな背中に頬を当てていると、彼の鼓動が速まるのを感じた。きっと思っていることは同じだ。
「Will you let me kiss you?(あなたにキスしていい?)」
 激しい夕立にかき消されそうな声だった。それでも返事の代わりに彼は、俺を抱き寄せて情熱的な口付けをくれた。
「仁さん、大好きです」
「I love you with all my heart.(あなたを心から愛しているよ)」
 じめじめした畳の上で、レッドさんは俺の想いを受け入れた。幼稚だったかもしれない。今だけでも、彼の全てが欲しいと俺は願った。彼の中で果てるとき、幸せと寂しさで俺は一筋の涙を落とした。離れがたく思っていても、いつか別れはやってくるのだ。

 その日は家に電話をして、レッドさんの家に泊まった。コンビニで買ったご飯を食べながら、お互いが知っている言葉を尽くして語り合った。ニューヨークには世界最大級のレインボーパレードがあるらしい。そこでたくさんのゲイとかレズビアンとかトランスジェンダーの人が集まるという。
「レッドさんは、行くの?」
「行ったことあります。昔、私のボーイフレンドはゲイが嫌いな人たちに殺されました。そんなことが無くなる日が来ると、私は信じています」
「No matter. I believe to come the day too.(大丈夫。いつかそんな日が来るよ)」
 大丈夫という言葉をどれだけ信じたらいいのか分からない。だけど、俺たちを繋ぐための細い強い糸だ。
 レッドさんの腕の中でその日は眠った。雨上がりの夜空は洗ったように美しくて、星の輝きがニューヨークでも同じだといいと俺は願った。部屋の片隅に置かれた赤いスーツケースが、その日の近さを感じさせた。

 九月になった。本の森の最奥、アメリカ文学の前にある四人掛けの机にレッドさんはもういない。一人でいることが当たり前だったのに、人の温もりを知ってしまった俺はこんなにも弱い。ただぼんやりと、学生たちがいなくなった静かな図書館で俺は高卒認定試験の勉強をした。
 時差の関係でレッドさんとメッセージのやり取りができる時間は限られている。それでも全世界がインターネットで繋がっている当たり前に俺は感謝した。『東下り』の時代、恋人たちは会えない時間をどう過ごしていたのだろう。文字だけのやり取りでは寂しさで身が絶えてしまいそうだというのに。
 声が聴きたい。触れたい。温もりが欲しい。体臭を体いっぱいに感じたい。
 どうしてこんな欲深くなってしまったのだろう。
 ふと、本棚の横板に目を向けた。俺はある決心をした。

 十二月、俺はレッドさんにメッセージを飛ばした。
「I will be flying after one hour.(一時間後に飛行機に乗るよ)」
「I will be in New York after a half day. Please come pick me up.(半日後にはニューヨークに着くから迎えに来て)」
 既読はまだつかない。メッセージのやり取りはしていたけれど、もう忘れられているかもしれない。一種の賭けだった。

 空港には雪が積もっていた。日本とは比べ物にならない寒さに青いマフラーに顔を埋めた。表記は殆ど英語だけれど、レッドさんのおかげで大方の英語は理解できるようになっていた。税関を抜けて国際線の出口で愛しい人の姿を探す。
 いない。やっぱり俺なんてもう微かな思い出なのかもしれない。ホテルは取ってあったから大人しくバスに乗ろう。
 歩き出したそのとき、
「仁さん!」
 赤いダウンジャケットを着たレッドさんが、急いた息そのままに俺を抱きしめた。
「どうしてニューヨークに?」
「I want to meet you(レッドさんに会いたかったから)」
 熱い抱擁を交わしてハッと人前であったことに気づく。すぐに離れて、それでも手を離さずに俺たちは歩き出した。
 レッドさんはニューヨークのレンガ造りのアパートで一人暮らしをしていた。だからホテルはキャンセルしてレッドさんの家にしばらくいることにした。
「これ、お土産」
 空港で見つけたレッドさんが好きな武将系アニメのグッズを渡すと、跳ね兎のようにレッドさんは喜んでいた。大の大人が無邪気にはしゃいでいるとどうしてか可愛く思えてしまう。それが俺の「萌え」ポイントなのかもしれない。
 あの夏と変わらないレッドさんがここにいる。少し髪は伸びたかもしれない。それでもブロンドの髪は美しくて、変わらない碧い瞳には吸い込まれそうだった。正面から抱きしめるとレッドさんは俺の髪を撫でて、額にキスをした。こそばゆくて、幸せでお腹のまんなかから温まるようだった。

 ニューヨークにいる間はレッドさんの案内で色んな所へ行った。
 ホットチョコレートを飲んだり、ショッピングをしたり。公園では初めてアイススケートをした。へっぴり腰の俺を見てレッドさんが笑うのが悔しくて、それでも、レッドさんに教えてもらいながら滑るこの時間はとても幸せな時間だった。
 一週間、彼の案内で色々なところへ行った。
 そして、最後の夜にはレッドさんはビールで、俺はコークでバッファローウイングを食べた。
「仁さん。ニューヨークまでのお金はどうしたのですか?」
 アルコールで目元を赤くしたレッドさんが問う。
「あれから図書館でバイトしたんだよ。毎日だったからすぐお金貯まっちゃった」
「そうでしたか。頑張りましたね」
 くしゃくしゃと俺の長い黒髪を撫でるものだから、俺はまた彼の熱量を思い出さざるを得なかった。

 レッドさんの部屋のベッドでお互いの形を確かめ合った。
あの夏の日々を忘れないよう。愛しい人の形を忘れないよう。
 静かに降り積もる雪は、あなたが見たかった富士の高嶺にも今も降っているだろう。

「See you, Mr. Red(じゃあね、レッドさん)」
 ニューヨークで過ごした日々はあっという間だった。出国前に、もう一度だけ抱き合う。
「また、会えますよね」
「もちろん」
 スーツケースを引いて国際線のターミナルへ向かう。愛しい人が手を振るのをずっと俺は見ていた。
 飛行機に乗る直前、スマートフォンを機内モードに切り替える前にレッドさんにメッセージを送った。
「When I take the path To Tago's coast, I see Perfect whiteness laid On Mount Fuji's lofty peak By the drift of falling snow.(田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ)」
 コンマ一秒、既読のマークが付く。
「きぬぎぬのふみ、ですか?」
 こんなに速く届く後朝の文が千年前に考えられただろうか。そう思うと、少しだけ笑みがこぼれた。また会えるよね、レッドさん。

 年が明けて、俺はまたあの浜辺で富士を見上げていた。晴れ渡った空には青い山並みと白い雪が見える。レッドさんに見せようとスマートフォンのカメラを起動しようとしたそのとき、メッセージが届いた。
「仁さん。いい知らせがあります」
 逸る気持ちを飲み込んで、画面を見つめる。
「日本の企業に就職することになりました。四月からまた日本で暮らします」
 こみ上げる幸せをここから叫んだら、富士の高嶺に届くだろうか。
 一緒に見よう。富士の山を。

高嶺の雪(完)



お読み頂きありがとうございます。
当作品は百人一首アンソロジー「さくやこのはな」参加作品です。
お題は〇〇四番の「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ」です。
和なお題だからいっそアメリカ人とか出しちゃう?というノリで設定を固めていきました。
幸せたっぷりなお話になれば嬉しいです。ありがとうございました。

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2017/03/31 (金)
短編集

「青嵐吹くときに君は微笑む」完結

改めましてこんばんは。佐倉愛斗です。
昨晩「青嵐吹くときに君は微笑む」完結いたしました!
毎回拍手を付けてくださる方がいらっしゃって、それが本当に励みでした。本当にありがとうございました。
本作は中学三年生で初めて書いた小説のリメイク版となっております。半年間こうやって走り続けて完走できたことが嬉しいです。
最後までお付き合いいただき感謝しかありません。ありがとうございました。

さて、きたる4月30日の名古屋コミティア50にて冊子版「青嵐吹くときに君は微笑む」を頒布いたします。
初めての100ページ超えです。背表紙にタイトルが入ります。感激です。
内容は加筆修正した本編と後日談「桜蘭咲くときに君は囁く」、あとは企画「STAR SPECTACLE」の参加作品「旅立ちのサイダーゼリー」となっております。
STAR SPECTACLE主催の姫宮大豆様からのゲストページもあります。可愛イケメンな渚くんのイラストをいただきましたので是非入手してみてください!
カバー付き文庫|112ページ|800円 です。
カバーはいつもお世話になっているたまこさんに担当していただきました。
青嵐表紙600
あーもう、可愛いよ!!!いつもありがとうございます。裏表紙も素敵なのでお楽しみに!

これからの予定ですが、各種アンソロジーの原稿を進めていきます。まずは「さくやこのはな」からですね。
また、出展することが決まっている展覧会の準備も進めていきます。
そして来年4月を目標に「花の魔女と炎の呪い(仮題)」の制作にとりかかります。
舞台は1890年イギリス。本格ラブファンタジーになる予定ですのでどうぞよろしくお願いいたします!

楽しく創作続けていきますよ!どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
青嵐の感想も待っています!
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2017/03/29 (水)
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青嵐吹くときに君は微笑む 23

「何それ、聞いてないんですけど」
 滴が隣で拗ねた声を出す。
「だって、最近気付いたんだもん」
「うーわ、お兄ちゃん鈍感。そりゃ私が振られるわけだわ」
「えっ、まさか兄妹で三角関係?」と母が急に笑い出した。
「あんたたち最近仲がいいとは思ってたけど、とんでもないことしていたのね」
 あーおかしい。と母のツボに入ったようでしばらく笑っていた。人の恋路を笑うとは如何に。
 記憶の小波の向こうで華麗に舞う渚先輩の姿は絶対に忘れたりしない。あれが俺と渚先輩との恋の始まり。
「そうね、本当に好きだというのなら、いいわ。私だって大人ですもの。同性愛者がこの世にいくらかはいるって知っているわ。まさか息子がそうだとは思わなかったけれど。信じられない気持ちがまだ大きいけれど、私は受け入れることにしたわ」
 ごめんね、零。と母は俺を抱きしめた。太陽のような、この世で一番落ち着く香りに俺はみっともなく泣いたのだった。
「いい? この世に別れない恋愛なんてないの。結婚したって離婚するか死別するかしていつか必ず別れてしまう。それでも、その別れる最後の瞬間まで酒本くんのことを大切にしてあげなさい」
 じゃないと、母さん、また叱らなきゃいけなくなるわ。
 目尻に涙をためて笑った母のもとに生まれたことを、俺は心から感謝した。

「お邪魔します」
 翌週、渚先輩をもう一度家に招いた。
 母は立ち上がると、先輩の手を握った。
「先日は酷いことを言ってしまってごめんなさいね。少し驚いてしまって……でも、こんなバカ息子でよければ、これからも仲良くしてやって頂戴」
 これからは私のことを母親だと思ってくれていいから、と母は付け加えた。
「ありがとうございます、お母さん、お父さん」
 渚先輩は深々と頭を下げると、俺が一番見たかった、美しい笑顔を見せてくれた。
 俺は渚先輩を抱きしめる。小さくて、脆くて、それでも溢れんばかりの華やかさ。そんな君を笑わせるためだったらなんだってするよ。
「ちょっと、零」
 父さんに呼ばれる。
「お前、男同士でもちゃんとコンドームするんだぞ」
「父さんっ!」
 大人の知識量が怖い。
「何々?」
「せ、先輩には後でお話します」
「ふふ、変なの」
 そうだ、今日はニンジンのグラッセ作ってきたんです。
 まあ、渚くんお料理上手ね。また一緒に作りましょう。
 そんな先輩と母との背中を見て、俺はお腹の真ん中から温まるような、幸せをたくさんかき集めて飲み込んだような気持ちになる。
「先輩のグラッセ食べたいです」
「私もー」
「じゃあ父さんもいただこうかな」
 先輩の笑顔が花開くとき、俺の中で五月の風が吹いた。
 記憶の海の中に落とされた一滴の幸せは、これからも俺の人生を、そして二人の人生を彩っていくだろう。

青嵐吹くときに君は微笑む(完)



お読み頂きありがとうございます。
改めまして、佐倉愛斗です。ここまで半年。なんとか完結までこぎつけました!
人生で二度目の長編完結です。嬉しいような寂しいような。
最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました!
冊子版には本編エピローグ・後日談などいろいろ詰め込んでお届けする予定です。
楽しみにしていてくださると本当に嬉しいです。
本当にありがとうございました!

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2017/03/28 (火)
青嵐吹くときに君は微笑む

青嵐吹くときに君は微笑む 22

「何、どうしたの?」
 お手洗いから戻った渚先輩は、腫れた頬を押さえる俺を見てうろたえていた。
「どういうことなのかちゃんと説明しなさい。男同士で付き合ってるってどういうことなの?」
 母の言葉が胸を突き刺して、風穴が空いたように呼吸が苦しかった。今にも泣きそうな母を見ていると、渚先輩がしてきた経験の重さが、苦しさがほんの少しだけ分かった気がした。これが、同性愛者の宿命なのかもしれない。
「零くん、まさか」
「そう、このクソ男、ゲロっちゃった」
 渚先輩が膝から崩れ落ちた。慌てて滴が先輩の肩を支える。
「父さん、母さん、俺は酒本先輩のことが好きです。友情じゃなく、恋人として。『普通』じゃないことだって分かってる。この先しんどいことばっかりなのも。でも、好きなんだ。父さんと母さんには分かって欲しかった」
 俺は決して渚先輩に振り返らなかった。こんな顔、見せられなかったから。雫が拳に落ちた。
「零くんのお父さんとお母さん。僕が、僕が悪いんです。僕が零くんのこと好きだって言ったから、こっちの道に来てしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。見捨てないであげてください。お願いします」
 渚先輩が泣き叫ぶ。渚先輩の乱れた呼吸を落ち着かせるために滴が背中をさする。
「今日はもう帰って頂戴。私たちと零で話します」
 母がそう言うと、扇田さんが「行こう」と先輩を連れて我が家を後にした。

「それで零、どういうことなの」
 こたつを囲んで家族四人で向き合う。何も分からないはずの猫たちすらも何かを察してかリビングを後にした。
「俺は、渚先輩のことを救いたかった。家族もいない。友達も一人しかいない。そんな先輩を放ってはおけなかった。泣いている先輩を見て、一人にしたくなかった」
「それって、ただの同情じゃなくて?」
 母の冷淡な声が空気を冷ややかなものにする。
「零は同情と恋を勘違いしているのよ。お願い、何かの間違いだと言って」
 俺の手を握る母の手は酷く冷たくて、俺から大切な熱を奪うようだった。
「お兄ちゃんは、ちゃんと渚先輩のこと好きだよ。私、ちゃんと見てきたから。どんなに苦しくても一緒にいた。ムカつくほど仲良しで、いっつも一緒に笑って。私、最初は嫉妬ばっかりしたけど、でも、二人は恋してるんだなって、見てて分かったもん」
「滴までそんなこと言いだして。あなたたちに恋が分かるの?」
「分かるよ。私たちもう高校生だもん。初恋くらいとっくに過ぎてる」
 滴の力強い物言いに、母さんは溜め息を一つ吐いた。
「お前たちも、大人になったんだな」
 黙って聞いていた父が口を開く。
「男ってもんは、泣いている好きな奴を放っておけないもんなんだよ。母さんだって昔は泣いてばっかりでまあ笑わせるのに大変だった。そういうことだろ? 零」
 うん。あの日、コンサート会場で先輩は泣いていた。そして、そのときにはもう「好きな奴」だった。
「俺、渚先輩のこと、高校一年のときから好きだったんだ。最初は憧れだったかもしれない。感情の名前が分からなかった。でも、今なら分かる。あれは一目惚れだったよ」
「そうか」と父は目尻の皺を深くした。



お読み頂きありがとうございます。
父の方が寛容なイメージがあるのはなんでだろう。
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2017/03/21 (火)
青嵐吹くときに君は微笑む

青嵐吹くときに君は微笑む 21

「お邪魔します」
 はいはい、いらっしゃい。といつもより化粧が濃い母が扇田さんと渚先輩を迎える。
 冬の日曜日。今日は快晴で雲一つない。白んだ空に白鷲が一羽飛んでいた。
「まあまあ、美人さんじゃないの。零ったらもうっ」
「ママちょっとは落ち着いてよ」
 滴に釘を刺されても母さんは浮かれていた。いつも一緒に遊んでいる友達が来るとしか言っていないのにここまで勘違いされると、やはり世間一般のバイアスというものは恐ろしいものだ。
「初めまして、扇田華です。いつも零くんと滴ちゃんにはお世話になっています。こちら、お土産です」
 扇田さんは近所のケーキ屋のお菓子をバイト先で身に付けた営業スマイルで母に渡す。いつもの「クソ男」が出てこないか心配だったが、さすがにこれなら言わないだろう。
「初めまして、酒本渚です。零くんとは同じ部活で、それから仲良くさせてもらっています」
 後ろにいた渚先輩も続けて挨拶する。「母親」というものに渚先輩がどんな反応をするかと思ったが、滴とのリハビリの成果もあってか柔和な笑みを浮かべていた。
「あらあら可愛い先輩だこと。うちの零が迷惑かけてないかしら。さあさ、上がってちょうだい」
 母に促されるがまま、俺たちはリビングに進んだ。
 リビングには父さんもいて、それぞれ挨拶する。
「零がこんな美人さんを捕まえるなんてなぁ」
「ねぇ」
 扇田さんが心の中で「まったくねぇ」と同意しているのが聞こえた。どうせ俺はクソ男ですよ。先輩のことを言い出せないような。
 リビングのこたつにみんなで足をつっこむ。先輩の家のこたつより小さい気がするのは両親と飼い猫がいるからだ。
 隣に座った渚先輩がこたつの中で手を繋いできた。誰にも見せないって、こういうことなのかな。

「――といういきさつで出会ったんですよ」
「へぇ、渚くんの友達だったのね。そんな偶然もあるものね」
 悠長に扇田さんが両親に俺たちの出会いを説明した。扇田さんって意外と饒舌だ。
「渚くんもアイドル好きってことは、もしかして滴と?」
「ママ、残念ながら私フラれてる」
 あれま、なんて母は笑った。父は少し不機嫌なのか照れているのかずっと新聞を読んでいた。
「フラれても一緒に遊んでもらえるなんて幸せなことよ。告白ってそれだけで今までの関係を全て失うこともあるのだから」
 そうですよね。と渚先輩は呟いた。自分の気持ちを伝えること。自分の存在を伝えること。それは恋愛だけではなくて日常にも潜んでいる。そして、何もかも失ったのが、酒本渚という人物だ。
 俺は、渚先輩からもう何も奪わせたりしない。
「あの、お手洗いお借りしたいのですが」
 先輩が申し出ると、滴も立ち上がってトイレまで案内した。
 こたつには俺と扇田さんと両親だけになる。
「あのね、母さん。俺が付き合っているのはこの人じゃないんだ」
――――俺が本当に好きなのは、



お読み頂きありがとうございます。
相原夫婦登場。ありふれた親かな。
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2017/03/14 (火)
青嵐吹くときに君は微笑む

青嵐吹くときに君は微笑む 20

 渚先輩が身体を固くするのが分かった。先輩は静かにマグカップを下ろす。
「我が母上はお兄ちゃんの『彼女』に会いたがっています。さて、どうしましょう」
 どうって……と俺は考えを巡らせた。正直に両親に打ち明けて、受け入れてもらえるだろうか。
「僕は、零くんと滴ちゃんのご両親なら、仲良くしたい。でも、怖いよ。また、拒絶されるのが」
 小さく、ゆっくりと絞り出すように紡がれた言葉。冗談なんて言っていられないという現実が俺たちの頭を殴りつけた。
「僕のお母さんは僕がゲイだと知って酷いことをした。それで、僕の家族はいなくなってしまった。零くんにそんな思いはさせられない。でも――」
 でも、いつかは話さないといけないから。
 嗚咽混じりにそう言った先輩を、どうしたら救えるのか、分からない。
 ただ抱きしめて、先輩が落ちつくのを待った。根拠のない「大丈夫」を繰り返して。
「お兄ちゃんはどうしたいの?」
 滴が真っ直ぐな瞳で問う。
「俺は、正直に言うと、怖い。母さんを泣かせたり、父さんに出てけって言われたりするかもって思うと、やっぱり怖いよ。だけど、俺たちの関係は恥ずべきことなのか? そりゃまあ、結婚も今はできないし、孫の顔は当然見せられないし、そんな先のことは分からないけれど、今、好きだと思うのはおかしいのか? でも、先輩が怖いと言うなら、ずっと黙っていたっていい。先輩をこれ以上傷つけたりはしたくないから」
 一口、ジャムを溶かした紅茶を口にする。こんなに人生甘ければいいのに。塩辛くてしょうがない。
「私は、話してもいいと思う。お兄ちゃんにも話したけど、意外とママはそういうのに寛容だし。パパは知らないけどね。私が楽観視しすぎなのかな。だって、おかしいよ。好きな人の性別がどうこうで悩むのって」
 そう簡単にいうなよ、と俺は溜め息を吐いた。
 会議は詰んだかのように思われた、そのとき。
「あたしが彼女のフリをすれば?」
 そう提案したのは、扇田華だった。
「あたしがこのクソ男の彼女のフリをして、ナギも友達として一緒に友達としてクソ男の両親に挨拶する。それでナギとご両親が仲良くなれば万々歳。あたしの両親に会いたがっても今は会えないから問題ない。それでどう?」
 どう、と言われましても。
「華ちゃんはそれでいいの?」
 渚先輩が問う。
「あたしさ、どうせ男なんて好きにならないし、どうせ親にも分かってもらえないんだろうなって家を出たんだ。このクソ男のことは絶対に好きにならないけど、滴ちゃんやナギちゃんにはお世話になってるし、いいよ。それにわざわざ『彼女です』なんて言わない。あくまで一緒に家に行くだけ。黙っててもこの偏った世界では男女が一緒にいるだけでカップルに見られんの。嘘はつかないよ。黙ってるだけ」
 偏った世の中。世界の殆どの人は男女でカップルになる。それは変えられない事実で、そういうものなんだ、って幼いころから刷り込まれた常識。子孫を残すためのシステム。それから外れるというのは、どうしてこんなにも生きにくいのだろう。
「じゃあ、みんなで行こうか」
 滴の一言で、会議は一時終了。甘酸っぱいジャムのスコーンを食べながら、アイドル話をして今日を過ごした。でも、渚先輩は、意識が虚ろになることが多かった。



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偏った世の中ギルティ。
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2017/03/07 (火)
青嵐吹くときに君は微笑む