vanilla 08

「ななな、なんてこと訊くのですか」
 食器を洗いながら俯いて萩野は訊く。
「だって反応がいちいち童貞っぽい。しかも男の脚を見て恥じらうなんてね。なんなら僕が卒業させてあげようか?」
 シャルは立ち上がって萩野の腿を人差し指でなぞる。萩野は身体をぞわりと震わせて耳まで真っ赤にしていた。
「萩野さん、反応いいね。もしかしてゲイだったりする?」
「やぁっ、やめてください。旦那様に知られたら僕クビになります」
「じゃあ知られなきゃ僕のこと抱きたいんだ」
 シャルは赤く熱を持った萩野の耳に歯を立てた。後ろから抱きしめエプロンの隙間から萩野の中心に手を伸ばすと微かだが芯を持って存在を主張している。
「やだぁ、やめてくださいシャル様。僕は、僕は」
「ねぇ、こんなにも時間があって暇を持て余しているんだよ? セックス以外何をすればいいの?」
「シャル様とこんなことをしていると知られたら本当にクビになってしまいます。どうかやめてください」
「こんなにパンツをドロドロにしておいてよく言うよ、萩野さん。本当は男に抱かれたかった?」
 萩野はその言葉に泣きだしてしまった。大粒の熱い涙がシンクの食器たちにぼたりと落ちる。
「ふーん。萩野さんも変態だったんだね。好きな人がいるんでしょ?」
「言えません。シャル様だけには言えません」
 濡れた手で萩野は涙を拭った。萩野には想い人がいた。でもそれはもう叶うことは無い。シャルがいるから叶わない。この想いを誰にも悟られるわけにはいかなかった。
「さぁ、もうすぐ片付け終わるのでちゃんとお召し物を着てください。買い物へ行くよう言われております」
 萩野の想いは酷く虚しいものだった。

 シャルは初めてデパートというものに足を踏み入れた。世界のことを知らなくても分かるほど清潔で高級な香り。黒いポロシャツと白いパンツを着たシャルは高級なブランド店が並ぶデパートでも霞まない美しさを放っていた。
「萩野さん、服と下着と靴は買えたけど、他にまだ買い物するの?」
「あとは好きな本ですね。シャル様はどんな本をお読みになりますか?」
「本? そんなの読んだことないよ。学校も行ったことないし、新聞も読んだことない」
 萩野は少しの沈黙ののち、では今日はやめておきましょう、とシャルを駐車場へ案内した。
 車へ乗り込むと、萩野はぽつりと語り始めた。
「わたくし事ですが、僕は小学校、中学校へ行っていません。今はこうして旦那様のお世話をさせてもらっていますが、旦那様のはからいで高卒認定を取得して今は通信制大学で学ばせていただいています。旦那様は本当に心優しいお方です。何もできなかった僕を大切に育ててくださいました」
 シャルは黙って聞いていた。引田が拾ったのは僕だけではなかったのだ。引田は「愛している」と囁くが、それはきっとこの家政夫も一緒なのだろう。トクベツだと思い上がっていた自分に腹を立てていた。ただセックスが好きな僕はきっと飽きたら捨てられる。料理も洗濯も車の運転もシャルにはできない。愛されることが怖かった。愛なんていらない。昨晩引田の頬を叩いた手の痛みをじんわりと思いだしていた。

 シャルは夕食を終えて自室のテレビをぼんやりと見ていた。男二人が漫才をしているのだが何が楽しいのか分からなかった。ただ大きな声をだして時折頭を叩く。SMショーより品がなくて陳腐だった。
 玄関の開く音にシャルはホールに足を向けた。
「おや、シャル君。出迎えとは嬉しいね」
 引田の疲れ切った表情がほんの少し緩む。シャルの頭をくしゃりと撫でると引田は二階へと昇って行ってしまった。
 寂しい。
 誰でもいいのかもしれない。けれどシャルは誰かのトクベツでありたいと願っていた。以前の北原のように、いつでも傍に居てくれる人が欲しかった。愛がなくても寂しさを埋められるのなら……シャルの心に棘が覆い心臓を突き刺すかのようだった。

「引田さん、一緒に寝ていい?」
 寝間着姿で寝室に降りてきた引田をシャルは静かな声で抱きしめた。



お読み頂きありがとうございます。
書きながらキャラが育つということってありますよね。萩野くんがそうでした。
よろしければ拍手をお願いします。

ランキング参加中です
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ



←前のページ 目次 次のページ→