140字SS 081~085

081 綱渡り

 僕は綱渡りをしている。どこまでもどこまでも続く一本の綱の上を歩く。足を踏み外せば奈落の底へと落ちてしまう。
 何度か落ちたことがあるが、するすると自由落下に身を任せるように人生の底に背中を打ち付けた。
 健康でいることが恐い。落ちる先があるのだから。




082 僕のうさぎ

 僕は彼の額を撫でた。
 長い耳が小さな背中について、柔らかな青い毛並みが肌にひんやりとする。
 彼は何も言わない。僕がどんなに涙と共に汚い言葉を吐き出しても、同情も反論も助言もせずに彼は撫でられ続けた。
 いつもは素っ気ないくせに、僕が弱ると甘えさせてくれるなんてずるいよ。




083 冬空

 雪が降る前の色のない空が好き。
 雲の切れ間から日が射すと露で濡れた草木が静かにキラキラ光って、冷たい風を受けて赤い実が揺れている。
 暖かな清潔な部屋から眺める冬空は羨ましいほどに美しい。




084 白→透明

 雪が溶けていくのを眺めていた。
 世界を塗りつぶしていた白が小さくなって、また少し、また少しと雪の固まりが透明に流れて跡を残さない。
 まだ春の遠い空は重い雲の隙を冷たい風が走り、濡れた草木を凍てつかせた。
 最後の雪の欠片を握りしめた。溶けて解けて、白が透明になる。さようなら、今日の冬よ。




085 神の涙

「天が泣いている」と呟いたら、隣にいた君が「神様も泣くんだね」と意外そうに答えた。
 人は創造主たる神に人間の感情を期待しすぎているのではないだろうか、と僕は気付く。
「神はいつ泣くんだろう」
「人間が悲しいときに泣いてくれるんだよ。心象描写じゃ定番じゃない?」
 人はいつだって勝手だ。







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