vanilla 13

 窓から月明かりが射しこみ、彼の美しい躯体を照らす。無駄な脂肪も筋肉もなく、古い西洋の人形のような美しさ。白磁の肌は曇りひとつなく、ただ腰の左側に刻まれたアゲハチョウのタトゥーが無機質に彼の娼夫としての存在を物語っていた。
「引田さん、引田さんのこと好きだよ」
 彼は引田の腕の中に潜り込むと、薄い桜色の唇を引田の唇と合わせる。幾度となく繰り返しても飽きることはなかった。
 愛される幸せなど分かりもしなかった。愛されることは必然で、同時に終わりがあることも必然だった。人生と同じ。終わらないものなどない。そして、どちらも無価値で、脅威だった。終わらないと微かでも信じてしまっていた自分に腹が立ってしょうがなかった。
 舌を伸ばすと、応えるように吸われる。引田の厚い下唇を吸うと引田の体温が上がるのが分かる。
 引田が優しく彼の首筋に歯を立てる。毛細血管が破れる痛みに甘い声を漏らす。痛みは彼の快楽の全てだった。思えばあの日も男の骨を砕いて、その痛みを想像してひどく興奮した。北原に縛られ、頬を叩かれることが屈辱的で快感だった。
「引田さん、もっと」
 引田の耳にキスをする。引田に強く抱きしめられると、お互いの雄が腹を圧迫する。引田の手が彼の成熟した雄に触れる。どこまでも優しく、慈しむような愛撫がくすぐったくてしょうがない。でも、嫌いじゃなくなっている自分に彼は悲しくなった。
 離れたくない。でも。
 解された孔に引田の中心をあて、ゆっくりと腰を下ろす。逆流する違和感と抗えない快感に彼は呻いた。
 奥まで飲み込んで、彼はかすれた声で言う。
「引田さん、僕の本当の名前はね、愛実(つぐみ)って言うんだ」
 引田は彼の最奥を許された幸せに身体を震わせた。彼の本当の心を知らないまま、本当の彼を手に入れたつもりでいた。
「愛実君か。可愛らしい名だ」
「うん、美波愛実が僕の本当の名前。ねぇ、名前呼んでよ。真琴さん」
 引田はシャルと呼ばれた青年の上体を抱きしめる。
「愛実、愛してる。ずっとここに居てくれ」
「うん、真琴、愛してるよ」
 だから僕はここにいちゃいけない。そう愛実は涙を落とした。それを感激の涙だと思いこんでいる引田は雄々しく愛実を押し倒すと、激しく求めるように腰を穿つ。
「あっ、いひっ、まことっ、好きぃっ」
「愛実、つぐみ、好きだ」
 強い快感から逃れようとシーツを掴むその手を、引田は掴み、手首にキスをする。離しはしないとシーツに縫い止める。引田の想いの大きさに、愛実は悲しくなるばかりだった。僕よりずっと相応しい人と結ばれるべきだと、愛されるほどに思う。
「そんなに泣かないで、愛実」
 嬉しいだけだよ、と嘘をついた。愛すれば愛するほど、自らの空虚に脅かされる。もっとこの男に相応しい人はいるはずだ。使用人の萩野だって、彼のことを好いていた。それを知らずに僕ばかりが愛されようとした。愛なんか要らないと自分を守るばかりで。
「真琴、愛してくれてありがとう」
 一筋の涙を落として、愛実は快楽の先へといった。

 翌朝、引田が目を覚ますと、隣に愛実の姿はなかった。



お読み頂きありがとうございます。
シャルの本名は書き始めた当初から決まっていました。そしていつ明かすかずっと悩んでいました。
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