vanilla 15

 北原さんが、僕のお父さん? 愛実は息を止めた。揺れる瞳で見つめる愛実の髪を撫でると、北原はゆっくりと語り始めた。
「俺が高校二年のとき、当時付き合っていた一つ下の彼女が孕んじまった。避妊の知識も、中絶の金どころか存在すら知らなかった馬鹿者だった。誰にも言えなかった彼女は学校のトイレでお前を産んだ。それがお前だ」
 愛実の心臓が早鐘を打っていた。そして同時に、北原と暮らす前の記憶の断片を頭によぎった。たくさんの白い板と、真っ黒で吸い込まれそうなカメラのレンズだ。
「彼女――お前の母親はお前を育てる金を得るために高校を中退して水商売をし、そしてAV女優になった。その頃には俺との付き合いはなく、人から聞いたことしか知らない。それでな、お前の母親は幼いお前のポルノ画像を海外のマニアに向けて売っていたそうだ。タトゥーを入れたのもその頃だと聞いた」
 少しだけ覚えているよ、と愛実は答えた。服を着ていないのが当たり前だった。打ちっぱなしのコンクリートの上で股を開いてカメラに幼いペニスを見せつけていた。ランドセルを背負った子供たちがマンションの外を歩いている姿が不思議でならなかった。断片的な記憶が北原の言葉によって浮かんでくる。
「それでお前が十二歳のとき、お前の母親は死んだ。昔から手を出していた麻薬の中毒の末、自ら命を絶った。なんとも馬鹿な母親だな」
 自嘲するように北原は笑った。
「母親が死んで、お前は俺のところにやってきた。初めて来たときのことを覚えているか? お前、俺にキスしたと思ったらちんこ揉んだんだぜ? 俺にはお前の親になる自信はなかった。だから、お前をショーに出した。母親に仕込まれただけだと知っていても、天賦の娼夫だと思ってしまった。それしか、俺にお前を生かす方法はなかったんだ」
 愛実の手を握る力が強まる。長い前髪で見えなかったが、声が熱を持って潤んでいた。
「じゃあ何で、僕を商品と呼んだの」
 シャルは天井を見つめたまま訊く。
「俺達には計画があったんだ。お前を人間にするための」
 愚かな俺達にしかできない計画だ、と北原は笑った。
「真琴と俺は高校で知り合ったダチだ。真琴は高校のときにはすでに実家の会社を継ぐことが決まっていた金持ちだ。お前を引き取ると決まったとき、俺は真っ先に真琴に連絡をした。助けてほしいとな。それで時期が来たらお前を真琴が引き取って育てることになったんだよ。金があれば知らない人とセックスしなくていい。たらふく好きなものが食べられる。学校にだって行ける。何度も何度も頼み込んで、やっとその日が来た。真琴がお前に惚れちまったのは計画外だったがな」
 一呼吸おいて、北原は言う。
「お前と離れることが苦しくならないよう、俺はお前をモノとして扱った。お前は売られたことも買われたこともない。それだけは事実だ」
 愛実は痛む身体を起こして、北原の背中で泣いた。今までの苦しみや葛藤は何だったのか、分からなくなってしまった。ただ分からないまま涙が流れる。
「愛実、馬鹿な父親でごめんな。俺はお前を愛してやれなかった」
「酷いよ、北原さん。今更そんなこと言わないでよ」
 僕は大好きだった、と北原の背で涙をぬぐった。



お読み頂きありがとうございます。
北原さんのことを思うとつらくなる作者です。
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