青嵐吹くときに君は微笑む 03

「コンサート……って、相原くんチケット持ってるの?」
 酒本先輩の目が一瞬輝いたように見えた。先輩が俺の手を握って迫る。こうやって見ると酒本先輩はやはり小柄だ。
「はい、妹がインフルで、代理で見に来ました。一枚余っているんですけど来ますか?」
 先輩は小さな声で、こんな僕にもいいこともあるね、と俺に聞こえない声で呟いた。
「是非! 一緒に入らせてください」
 あれ、もしかしてだけれど、酒本先輩って、アイドル好き……?

 グッズをまだ買っていないと俺が告げると、酒本先輩の案内でグッズ売り場に到着した。デッキから見えていた巨大な売り場には人がたくさん、それはもうたくさん並んでいた。数えることを途中で投げ出すに決まっている人数だ。
 俺の横に酒本先輩がいる。あの部活動紹介の日のことを鮮明に覚えている。俺の憧れの人。でも、何も届けられなかった人。
 バスケ部エースとして活躍したあの人が、今では涙を枯らして俺の隣にいる。何とかして話しかけようと彼の方を見る。
 青いスニーカーに青緑のチノパン。ロング丈のキャメルのダッフルコートに青いニット帽。耳に光るのは青い小さな石。どっからどう見ても俺の妹を思い出さざるを得ない。
「酒本先輩は、その、担当様? とかいるんですか?」
「担当? 担当はリーダーだよ」
 ですよね。その色は。
「俺の妹もリーダーが好きなんですよ。二〇〇八年のドラマが良かったとかなんとか」
「ほほー。妹さんはそこが入り口でしたか」
 ニコニコと笑ってみせるが、どこか悲しい。あの日の輝きがない。何故だろう。何が先輩に無理をさせているのだろうか。
「先輩は今日、なんでここに来たんですか?」
 聞いてしまった。聞いてもよかったのだろうか。でも一度出た言葉は戻らない。
 酒本先輩はぽつりとつぶやいた。
「今日、振られちゃったんだぁ」
 俺に向けた笑顔は目尻が赤く、到底微笑みと呼べるものではなかった。胸の真ん中が握り潰されるような、苦しさと切なさで俺は言葉を失った。
「愛してるって言われたから、僕も好きになった。なのに、最後には『ウザったい』だってさ。信じちゃダメだったのかな。何がいけなかったんだろう」
 最後に、えへへ、と彼は髪の端を摘んで文字だけの笑いを作った。人の波の中で、俺達はグッズを求める大勢とぶつからないように歩いている。でも誰かに触れるというのは、最後には傷つけられるものなのだろう。
「その、女の人って残酷なこと言いますね」
「ううん、違うの」
 先輩の声は人々の足音で消え入りそうだった。でも俺にだけ聞こえた。
――男の人なの。
 そんな人もいるのだと知ってはいたが、出会うのは初めてだった。だから、それに傷付いた小さな男の子に何を言ったらいいのか分からなかった。
「ごめんね、びっくりさせちゃったかな?」
 黙りこくる俺に、また作りものの笑顔。
「大丈夫です。俺こそすみません。先入観で話して」
「キモチワルイよね、こんな僕」
「そんなことないです!」
 反射的に叫んでいた。
「先輩は、なんでもできて、カッコよくて、可愛くて、優しくて、俺の憧れの先輩です!」
 俺は酒本先輩の華奢な肩を掴んだ。彼の枯れた瞳に泣いている俺の顔が映っていた。
 この人を泣かせた人を俺は許せないと心から思った。キラキラしてて、明るくて、誰にでも優しくて。そんな酒本渚はどこへいったのだ。憧れとはそれほどまでに強いものなのだと痛感した。
「相原くん、その、前」
 人波をせき止めていたことに気付き、酒本先輩は俺の左腕を引いた。小走りで詰めて離そうとした彼の手を、俺は離さなかった。手袋越しの小さな手を、離してはいけないと、俺は俺に言った。
――さっきは、ありがとう。
 その一言を先輩が言った気がしたけれど、やはりこの人波じゃ聞き取るのは難しかった。俺達は人の波に無言で流され続けた。抗うことなど、考えることを放棄して。



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コメディなのかシリアスなのか分からなくなってきましたが、笑顔の裏に潜む闇に萌えるタイプの腐男子です。
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