Vanilla ice cream

「北原さん、お腹空いた」
 シャルと呼ばれた少年、愛実(つぐみ)はあの小さなアパートに来ていた。壁には雑多に段ボールが詰まれ、小さなテレビとくたびれた紺色の布団のかけられたパイプベッドがあるだけの小さな部屋。シャルだったころと全く変わらない、薄汚れた安心感のある部屋だ。
「ああ? 真琴のとこのチビに作ってもらえよ」
「絢介のご飯も美味しいんだけど、たまにはパパと食べたいなー」
『チビ』『絢介』と呼ばれているのは愛実が今、住んでいる引田邸の使用人のことだ。
「けっ、こんなときだけ『パパ』かよ」
 きつい言葉とは裏腹に北原の口元は緩んでいた。
「大体、何勝手に帰ってきてるんだ愛実。昔みたいに縛り上げて抱かれたいか?」
 ベッドに背を預けてテレビを見ている北原は、愛実に背を向けたまま言葉だけで脅してみせる。
「残念ながら僕は真琴のモノだからパパとはセックスしませーん」
 久しぶりに干した布団の上でケラケラと愛実は笑った。
「じゃあ何で帰ってきたんだ?」
「いつでも帰ってこいって言ったのはパパの方でしょ?」
 愛実は枕を抱きかかえて妖艶な瞳を輝かせる。
「まさかとは言わないが、『道具』を買いに来たんじゃないよな?」
「大正解!」
 はあ、と北原は「血は争えないな」と息を吐く。
 SMクラブの支配人をしている北原はパフォーマーやコアな顧客相手に性具の販売仲介もしていた。
「真琴のセックスって甘いだけで、その、マンネリ?ってやつ」
「マンネリねぇ……真琴はセックス下手そうだしな」
 北原はテレビを切るとベランダに出て巻き煙草に火をつけた。冬の訪れを感じる風が煙をたなびかせる。
「下手というか、ノーマル? キスして解してつっこんで出して終わり」
 愛実は北原から自分のピアニッシモに北原の煙草から火を奪うと、ニヤリと笑った。
「ノーマルなセックスで満足できないお前もお前だな」
「もう骨を折られるのは嫌だけどさ、首絞められるくらいはしたい」
「そう真琴に言ってやれよ」
 北原は短くなった煙草を水を張ったベランダのバケツに放り投げると、愛実の髪をすいて室内に戻る。
「言ったんだけど、傷つけたくないとかなんとか。というわけで、ロープと媚薬くらいあるでしょ? パパ?」
「だからその『パパ』ってのやめろ、むず痒い」
 吸い終えた愛実も同様に放り投げて室内でガムを噛み始める。
「大体、ロープ持って行ったって真琴は縛り方知らんだろ?」
 愛実は雌豹の目で微笑む。
「ううん、僕が縛る方」
「真琴もとんでもないのに惚れちまったな」
 末恐ろしい息子だと北原は苦笑した。
「ロープならテレビ横の箱の中だ。どれも中古だが好きなのを持っていけ。でも媚薬はやらん。法に触れるからな」
 釘を刺されて愛実はしょうがなくロープを選ぶ。真琴には赤より元の麻色が似合いそうだ。
「選んだら飯、行くんだろ? たまには、牛丼はどうだ?」
「いいね、卵付きで」
「好きにしろ」
 そのぶっきらぼうな物言いに愛実は嬉しくなる。なんだかんだ北原はシャルだった頃から愛実に甘いのだ。
「帰りに北原さんも家に寄って行ってよ。真琴がたまにはおいでってさ」
「どうせアイツは仕事で居ないんだろ?」
「それが、実は会いたがってるのは絢介の方でさ」
「あのチビが?」
「まだ僕の勘だけど北原さんが来ると絢介がそわそわするんだよ」
 ヒメゴトを語る女子高生みたいに、玄関で靴を履きながら耳打ちする。
「絢介、多分北原さんのことタイプだよ」
「悪趣味なチビだな。まあ、寄るとするか。恋敵の父に惚れる男も面白いじゃないか」
「北原さんも十分悪趣味だね」
 くっく、と二人で顔を見合わせて笑うと、二人は繁華街の端のアパートの階段を降りた。
「あのチビ、今まで付き合ったことある奴いるのか?」
 徒歩数分の牛丼屋に入ると二人はカウンター席でそれぞれ注文した。
「ううん、ずっと真琴一筋」
「じゃあ童貞か。あの年で」
「北原さん、イジめすぎちゃダメだよ?」
 それは可愛がれという意味に北原には聞こえた。
「そんなこと言って愛実こそあのチビと仲良くしてんのか?」
 注文するとすぐに出てくるのが牛丼屋の良さだ。
 カウンターで並んでいると、この繁華街では誰もこの二人のことを親子だと思わないだろう。おっさんと買われた男。その関係だったのはもう昔のことだった。
「仲良しだよ。色々あったけどね。絢介も僕もいっぱい泣いた」
 北原はそっか、と髪を撫でた。
 北原は深くは聞かず、愛実も語らず、牛丼屋を後にした。
「お土産、何かいるか?」
 大通りへの道すがら、二人はコンビニに立ち寄った。
「んー、ポテチ食べたい。コンソメね」
 それはお前の食べたいものだろ、と愛実の小脇をつついた。心のくすぐったさに愛実は笑う。
「いいんだよ。甘いものはいくらでも真琴が持って帰ってくるんだもん」
「あいつそれでよく腹が出ないな」
「社内に社員専用ジムを作ったんだってさ。おかげで真琴はかなりムキムキ」
「ほう? 流石社長様はやることが違いますね」
 揶揄するように北原は笑うとコンソメ味のポテチと1Lのコーラを掴んでレジで会計を済ます。 大通りに出るとタクシーを捕まえて、引田邸の住所を伝えた。
「僕もジム使っていいって言われたけどムキムキになるつもりはないかな」
「お前はいくら食べても細っこいからな。ダイエットなんかしてないよな?」
「少しはね。少年の美しさは無駄な脂肪も筋肉もない直線美にある」
「ショーに出るわけでもないのに相変わらず徹底してやがるな」
 引田の家までタクシーで向かいながら言う。
「僕にとってセックスはショーだから」
 ほう? と北原は口角を上げる。
「今までは数多の知らないおじさんたちを見下して、僕の美貌で従えてた。でも今は違う。好きな人にベストな僕を見てもらう。それが今のセックス」
「プロ意識だけはいっちょ前だな」
「だけ、って何さ」
 愛実は頬を膨らませたがすぐに笑い出してしまった。
「もう少しあれだな、気を抜いてもいいんじゃないか?」
 北原は無精髭を掻く。
「そうかな? 一番綺麗な僕を知っているのが真琴であってほしいだけだよ」
「真琴もなんだかんだ愛されてるな」
 後部座席で愛実は北原の肩に頭を乗せた。
「これが僕の愛の形だよ。空っぽじゃなくなった僕の」
 小高い丘にある高級住宅街、愛実の住まう引田邸に二人は降り立つ。
 引田の私用車と萩野の車に並んで、引田の社用車がある。
「真琴、今日は帰り早いね」
「アイツ、鼻だけはいいからな」
 ただいま、と玄関を開けると高い天井のロビーで二人が出向かえる。
「おかえり、誠司も一緒だったか」
「たまには顔出せって言ったのはお前だろ?」
 ほれ、土産だ、と北原はコンビニの袋をあえて萩野に差し出す。 萩野は一瞬目を見開いて受け取った。切り揃えられた前髪で見えなかったが、俯いたその瞳は熱で揺れていただろう。
「北原さんの意地悪」
 愛実は小さな声で、愉快そうにつぶやいた。

 広いリビングの一角、応接間となっているスペースで四人は膝を突き合わせた。
 ご丁寧にコンビニのポテチを花柄のボウルに入れて、グラスでコーラを飲む。なんともアンバランスだ。
「久しぶりに誠司に会えてよかったな、愛実」
 二人を前にしても遠慮なく引田は愛実の頬を撫でる。頬に火をともす愛実を見て、誠司は安心するものがあった。
「ふふ、パパとご飯食べたりして楽しかったよ」
「そうだな、真琴に『おみやげ』があるらしいから楽しみにしてな」
 もう、言わないでよ。と愛実は北原を睨んだ。
「それは楽しみだな」
 楽しみにしない方がいいぞ、と北原は心の中でほくそ笑んだ。
「でも相変わらずパパのアパートは散らかってるよね。今日布団は干したけど」
「めんどくせぇんだよ。生活できればいいんだよ」
「じゃあさ、僕と絢介で片付けに行こうか?」
「僕もですか!?」
 急に白羽の矢が立った萩野が驚いた声を出す。
「絢介ならお掃除得意だし、人数多い方が速く済むでしょう?」
 目配せで別の意図を読み取った北原はこれは愉快と口の端で笑う。
「じゃあ、頼まれてくれるか? ディルドとか鞭とか転がってるけどな」
「でぃ、る……!?」
 北原の揶揄に耳まで真っ赤にした萩野のことを、うっかり北原は可愛いなんて思ってしまった。
「真琴、いいでしょ?」
「萩野がいいなら行ってきなさい。家のことは簡単に済ましてしまっていいから」
「ありがとうございます!」
 何のお礼だよ、と北原と愛実は笑った。

 その日のディナーは萩野特性の鴨のテリーヌだった。そして引田からは自社製品のバニラアイスが振る舞われた。
「パパ、絢介のこと、どう?」
 北原の帰り際、愛実が耳打ちする。
「どうって、いいんじゃないか? 売りはしないけどな」
「そりゃ僕より大切にしてるじゃない」
 顔を見合わせて笑う親子は、やはりどこかいびつで愛しい二人であった。



お読み頂きありがとうございます。
Twitterのいいねの数だけ会話文を書くというタグで書いていた物語に肉付けをして一つの小説にしました。
ぐだぐだ書いたので山もオチもありません。ただ北原と愛実(シャル)が可愛くてだらだら書きました。
本編後のお話ですので、本編はまだ!という方はこの機会にいかがですか?
長々と書きましたがありがとうございました。
読了の印に拍手ボタンをぽちっとしてくださると嬉しいです。

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