青嵐吹くときに君は微笑む 05

「いやー、もうっ最高! 最高だったね、相原君!」
 大規模なコンサートというものは規制退場といって、座席ごとに順番に退場する。最後の方だった俺たちがナゴヤドームを出たのは二十三時近く、今は二十四時間営業のファミレスで夜食に近い夕食を取っていた。
 酒本先輩は今日のコンサートの内容についてあれやこれやと語っていた。うんうんと相槌を打っているとなんだか夢みたいで、この人とずっとこうして話していたいと願っていた。
「えっと、待ってね」
 酒本先輩が財布を取り出す。えらく高そうな長財布から俺は無意識に目を逸らす。
「今日のチケット代。妹さんに渡してください。定価取引がルールだからこれだけしか渡せないけど」
 いえ、貰い物だからいいんです、と言っても酒本先輩はルールだからとテーブルに置いた。仕方なく綺麗な千円札の束を俺は言われるがまま受け取る。これは俺も滴にチケット代を請求されるのだろうか。
「そんな顔しないでよ。じゃあ、ご飯は割り勘にしようか」
 気を使われてしまった。でもそんな優しい酒本先輩のことが。……ことが?

 ファミレスを出ると終電間近だった。急いで電車に乗り込む。
 思ったより電車は空いていて、隣に並んで座る。最寄り駅を聞くと同じ駅だった。
「意外とご近所さんだね」
 ふふ、と笑う酒本先輩だったがやはり疲労の色が見えていた。コンサートの前、酒本先輩はどれだけ悲しい思いをさせられたのだろう。そしてどれだけコンサートを楽しめていただろう。胸の中に切り取ってしまっておいたコンサート中のあの笑顔を反芻する。
 乗換を終えるとあとはまっすぐ進むだけだ。足の間にたくさんの宝物が詰まったバッグを置いて、電車で揺られていく。そのうち酒本先輩は船をこぎ始めた。無理もない。もう日付は超えていた。
「先輩、俺の肩で寝ていいですよ」
 ん、とだけ返事をするとコトリと先輩は俺の肩に頭を預けた。小さくて、髪がふんわりとして、少し甘い香りがする。
 この人と一緒に居られるのもあと少し。電車は地下を抜けて夜中の街並みを走った。きらきらと、人工的な星の海を眺めている。林をぬけて、その先の街並みはもうすぐ眠ろうとしていた。
 先輩の手に、そっと手を重ねてみる。小さくて、きめ細やかな肌で、あったかくて。憧れの人がこんなに小さくか弱く存在していることに、俺はどんな言葉でこの感情を表せばよいだろうか。
――――父さん。
 聞き間違いだったかもしれない。酒本先輩がそう言った気がして顔を見下ろすと、両目の端から透明の雫が滲んでいた。
 それは暖かな頬に銀の筋を描いて二人の間に落ちる。
 この人を苦しませているものは一体何なのだろう。そして、それは俺が踏み込んでいい領域の話なのだろうか。
 電車に揺られながら、俺の心まで揺さぶられていた。

「相原君、今日はありがとうね」
 最寄り駅の階段を上ると、ロータリーで俺たちは別れを告げた。
「こちらこそ、楽しかったです」
 じゃあ、と立ち去ろうとする酒本先輩の腕を、俺は考えもなしに掴んでいた。
「あの」
 考えろ、考えろ。
「また、会えませんか?」
 この人と居るために。
「その、妹が、きっとお礼したいだろうし。その、アイドルの話とかしてやってほしいんです」
 咄嗟に出た言葉に、先輩は「うん、いいよ」
 爽やかな五月の緑のような微笑みを見せてくれた。



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渚くん(酒本先輩)を泣かせた奴をフライパンでぶん殴りたい作者です。
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