青嵐吹くときに君は微笑む 06

「これって」
「マンションじゃなくて、億ション?」
 コンサートを終えた翌週末。俺と滴は酒本先輩の案内で先輩の自宅に来ていた。
 目の前には高くそびえる高層マンション。層だけじゃなくて絶対家賃も高いやつ。俺と滴は寒さとは別の何かで震えていた。
「さあ、入って」
 エントランスにカードキーをかざしてエレベーターに乗り込む。割と上の方の十四階で止まる。
 アルコープを歩いて角の部屋に案内される。
「そんなに広くないけどごめんね」
 いえ、玄関がすでに広いです。俺らの家の玄関の倍はあります。
 玄関からまっすぐ廊下を進むとそれはまた広いリビングに出た。青と白を基調としたインテリアに小さな白いLEDのクリスマスツリー。大型のテレビの横には青のペンキで塗装されたシャービックな戸棚。戸棚の上には写真が飾られていた。酒本先輩と一緒のこの二人の男性は誰だろう。
 ともかく、モデルルームのようにシンプルかつおしゃれな部屋に俺たちは完全に緊張で小さくなっていた。
「そんな緊張しなくていいよ、僕たちしかいないんだから」
「えっ、一人暮らしなんですか?」
 滴がすかさず問う。この広さで? という意味合いが強い。
「うん、一人暮らしだよ。両親はもういないからね」
 しまった、という顔を滴がする。気にしないで、酒本先輩は笑ってみせた。よかった、先週よりは元気そうだ。
「じゃあご飯にしようか。二人ともお腹空いているでしょ」

 コートを脱いで預けると、俺たちはリビングに隣接するダイニングキッチンの四人掛けのテーブルに腰掛けた。俺の横に滴。俺の正面に酒本先輩だ。
 そして目の前には牛スジ肉のシチューライスとニンジンのマリネ、タコのペペロンチーノ、アンチョビポテトというあり得なくお洒落な食事が並んでいる。ここはどこ? 先輩の家だよな?
「常備菜ばっかりでごめんね。大学の課題が忙しくて。でも、牛筋肉の煮込みは頑張ったから喜んでくれると嬉しいな」
 いじらしく笑う先輩にときめきつつ俺たちはいただきます、とスプーンをシチューに入れる。一口頬張ると、ほろり、とお肉が溶けた。
「うんまっ!」
「美味しいっ!」
 これは家庭料理のレベルなのだろうか。絶対前日から煮込んでいるやつだ。柔らかな肉の風味と香味野菜の香りがマッチして止まらずバクバク食べてしまう。
「よかった、喜んでくれて」
 ニコニコと酒本先輩も食べ始める。
「あの、酒本先輩は料理人か何かなのですか?」
 興奮気味の妹の滴が問う。
「ううん。ただの大学生。僕、昔から家に両親がいることが少なくて、自分で料理しているうちに覚えたんだ。それに自炊してお金浮かせて貢ぎたいじゃない? コンサートとかCDとかね」
 その言葉に滴は瞳を輝かせる。そのあたりは彼女らに共通するものがあるのだろう。
「分かります! 私もCD買うためにおやつ我慢したりします」
「やっぱりするよね」
 キャー、なんて言いながら盛り上がるアイドルオタクたちを尻目に俺は考えていた。こんな広い高級マンションに一人で住んでいて、両親はいなくて、大学にも通っていて、どうやって生計を立てているのだろう。知らないことの多さに頭がクラクラする。
「どうしたの? えっと、相原くんだと被るから、零、くん?」
「ひぇっ!? あっ、はい、なんでも、ないです」
 急に名前を呼ばれて俺はスプーンを皿の上に落とす。酒本先輩の口から俺の名前が出た。そりゃ滴も相原なのだから当然だけれど、衝撃で俺の身体は火照ってしょうがなかった。
「調子悪いなら早めに言ってね。風邪流行っているから」
「そうだよ、お兄ちゃん。先週の私みたいにさ。酒本先輩、先週はありがとうございました。コンサートどうでしたか?」
「滴ちゃん。とっても楽しかったよ。実はリーダーがキスしてたよ」
「えっ、お兄ちゃんそんなこと言ってなかったじゃん! 誰とですか!?」
 言えるわけない。そんな恥ずかしいこと。衝撃だったんだから。
「ふふー、実はねー」
 盛り上がる二人を眺めながら俺は黙々と食べていた。先輩のご飯、美味しいな。



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渚くんのお料理、僕も食べたい。
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