青嵐吹くときに君は微笑む 16

 それが夢だと気付くのは、覚めてからだ。
 小さな男の子が膝を抱いて泣いている。
「どうしたの?」と話しかけても泣くばかりで、俺は抱きかかえて家に連れ帰った。
 汚れた足を拭いて、痣だらけの体に湿布と包帯を巻いて、暖かいご飯を食べさせ、柔らかいベッドに寝かせた。
 しかし、俺は貧しかった。今日食べるためのなけなしの食事を与えてしまい、腹が鳴っていた。ベッドも他にないから、床にタオルを敷いて寝た。
 どこからともなく声がする。
「助けたつもりで、それはただの自己満足じゃん」
「彼は助けてと言ったの?」
「自分より大切な人なんているわけないじゃん」
「そのうち死ぬのはお前だ」
 その小さな男の子へ向いたのは、殺意だった。
 包丁を片手にベッドで寝息を立てる男の子に忍び寄る。小さな唇にたたえられた微笑みに、俺は――――

「――夢?」
 全身に汗を掻いていた。慣れないシーツの感触に振り返ると、渚先輩がいた。そうだ、クリスマスに、先輩の家に泊まって、それから、
「んんんんんっ」
 思いだすだけで体温がよみがえった。触れてしまった。先輩の全てに。気恥ずかしさと、少しの優越感。俺しか見たことのない渚先輩の顔。聞いたことのない声。感じたことのない味。真冬の朝を嗤うように顔が火照ってしょうがなかった。
「ん、零くん、起きた?」
 先輩の少しかすれた声。柔らかな笑み。それがあるだけで幸せだった。
「えっ、ちょっと、零くん?」
 先輩を腕の中に抱き寄せる。酒本渚はここにいる。尊いほどの現実。
 ゆっくりと唇を合わせると、見つめ合った。
「零くん、おはよう」
「渚先輩、おはようございます」
「朝ごはん作らなきゃだから、そろそろ起きるね」
 しかし俺は腕を解かなかった。
「もう少しだけ、こうしていてもいいですか」
「しょうがないなあ」
 先輩のぬくもりが消えないようすがりつく俺はいささか強欲だろうか。

「おっはよー! 朝ごはん何ー?」
 リビングに客布団を敷いて寝ていた扇田さんは相も変わらずけたたましかった。その横で寝ていた滴はまだ眠そうだ。待った、この二人を一緒に寝かせても大丈夫だったのだろうか。
「朝ごはんはイングリッシュマフィン焼くから、好きな具材を乗せて食べてね」
 やっふーい! なんて騒いでいた扇田さんはよっぽど先輩のご飯が好きなのだろう。
「滴、お前、その、なんともなかったか?」
「さてね、女は秘密の数だけ魅力になるのよ」
 寝起きにそのセリフが出てくる我が妹もどうなのだろうか。でも、元気そうでよかった。
 そのとき、インターフォンが鳴る。モニターを見た先輩が一瞬で真っ青になる。
「ちっ、アイツ、まだ来てるのかよ」
 扇田さんの舌打ちに、ただならぬことであることは分かった。



お読み頂きありがとうございます。
幸せのあとには悲しいことが起こって、悲しいことのあとには幸せな時間がやってきます。
拍手をぽちっとしてくださると作者が喜びます。

ランキング参加中です
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ



←前のページ 目次 次のページ→