青嵐吹くときに君は微笑む 22

「何、どうしたの?」
 お手洗いから戻った渚先輩は、腫れた頬を押さえる俺を見てうろたえていた。
「どういうことなのかちゃんと説明しなさい。男同士で付き合ってるってどういうことなの?」
 母の言葉が胸を突き刺して、風穴が空いたように呼吸が苦しかった。今にも泣きそうな母を見ていると、渚先輩がしてきた経験の重さが、苦しさがほんの少しだけ分かった気がした。これが、同性愛者の宿命なのかもしれない。
「零くん、まさか」
「そう、このクソ男、ゲロっちゃった」
 渚先輩が膝から崩れ落ちた。慌てて滴が先輩の肩を支える。
「父さん、母さん、俺は酒本先輩のことが好きです。友情じゃなく、恋人として。『普通』じゃないことだって分かってる。この先しんどいことばっかりなのも。でも、好きなんだ。父さんと母さんには分かって欲しかった」
 俺は決して渚先輩に振り返らなかった。こんな顔、見せられなかったから。雫が拳に落ちた。
「零くんのお父さんとお母さん。僕が、僕が悪いんです。僕が零くんのこと好きだって言ったから、こっちの道に来てしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。見捨てないであげてください。お願いします」
 渚先輩が泣き叫ぶ。渚先輩の乱れた呼吸を落ち着かせるために滴が背中をさする。
「今日はもう帰って頂戴。私たちと零で話します」
 母がそう言うと、扇田さんが「行こう」と先輩を連れて我が家を後にした。

「それで零、どういうことなの」
 こたつを囲んで家族四人で向き合う。何も分からないはずの猫たちすらも何かを察してかリビングを後にした。
「俺は、渚先輩のことを救いたかった。家族もいない。友達も一人しかいない。そんな先輩を放ってはおけなかった。泣いている先輩を見て、一人にしたくなかった」
「それって、ただの同情じゃなくて?」
 母の冷淡な声が空気を冷ややかなものにする。
「零は同情と恋を勘違いしているのよ。お願い、何かの間違いだと言って」
 俺の手を握る母の手は酷く冷たくて、俺から大切な熱を奪うようだった。
「お兄ちゃんは、ちゃんと渚先輩のこと好きだよ。私、ちゃんと見てきたから。どんなに苦しくても一緒にいた。ムカつくほど仲良しで、いっつも一緒に笑って。私、最初は嫉妬ばっかりしたけど、でも、二人は恋してるんだなって、見てて分かったもん」
「滴までそんなこと言いだして。あなたたちに恋が分かるの?」
「分かるよ。私たちもう高校生だもん。初恋くらいとっくに過ぎてる」
 滴の力強い物言いに、母さんは溜め息を一つ吐いた。
「お前たちも、大人になったんだな」
 黙って聞いていた父が口を開く。
「男ってもんは、泣いている好きな奴を放っておけないもんなんだよ。母さんだって昔は泣いてばっかりでまあ笑わせるのに大変だった。そういうことだろ? 零」
 うん。あの日、コンサート会場で先輩は泣いていた。そして、そのときにはもう「好きな奴」だった。
「俺、渚先輩のこと、高校一年のときから好きだったんだ。最初は憧れだったかもしれない。感情の名前が分からなかった。でも、今なら分かる。あれは一目惚れだったよ」
「そうか」と父は目尻の皺を深くした。



お読み頂きありがとうございます。
父の方が寛容なイメージがあるのはなんでだろう。
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