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骨になるまで 02

 練習試合は滞りなく終わり、私たちの部が勝利を収めた。クールダウンをしているおねえちゃんの長い足や引き締まった腰。ごくり、と喉が鳴った。
「おねえちゃん、スポドリとタオル」
「おう、サンキュ」
 おねえちゃんの滴が白いタオルに染みこんでいく。水筒の口を咥える小さな唇。
「手が止まっておりますよ、あやめさん」
 ことねに小脇をつつかれて「ういーっす」と力なく返事をした。見ているだけでこんなにも心が跳ねて疲れてしまうなんて、と私は小さく息を吐いた。
 雨の日は昼と夜の境が曖昧で、ゆっくりと空だけが暗くなってゆく。二階にある部室の鍵を閉めてデッキから「おねえちゃ――」と言いかけて、見てしまった。
 体育館と部室棟の間で、おねえちゃんが他校の女子と、キス、していた。

 雨は気づいたら止んでいた。草花のぬれたすえた臭いで吐き気がした。内臓すべてを吐き出してしまいそうで、私はその場に座り込んだ。
「あやめ? そこにいるの?」
 私は走り出していた。泥が跳ねてくるぶしまで汚れても、部室に傘を忘れたのを思い出しても、泥濘んだ枯れ葉に転んでも、私は走って走って、川まで来ていた。
「あはは、ははは」
 川は水嵩を増していて吐瀉物のように泥と枝葉が溶けて混沌といた。流されてきた枝が水底に引っかかって回っている。
 おねえちゃんも女の人が好きなんだ。おねえちゃんも女の人とキスできるんだ。
 おねえちゃんは私じゃない人が好きなんだ。おねえちゃんは私じゃない人とキスするんだ。
 壊れたおしゃべり人形のように私は笑い転げた。おねえちゃんはやっぱり私と同じだ。私とおんなじ性なんだ。ひとつの細胞から卵割されてできた私たちはどこまでも一緒だ。だけど、だけど。
「なんでおねえちゃんは私のこと好きじゃないの?」
 言葉にしたらおかしくて、くっ、くっ、くっ、と笑った。
 
 家に帰ると、泥だらけのジャージを洗濯機に放り込んでシャワーを浴びた。きれいなものに触れていたら途端に悲しくなって、私の泣き声はシャワーにかき消された。暖かいものが流れて、なんで生きているのだろうとすら思った。おかしくて、私はいつまでもシャワーを頭から浴び続けた。砂糖菓子のようには消えることはできなかった。
 おねえちゃんとは同じ部屋を使っていた。いつもより重たいドアを押すと、おねえちゃんは二段ベッドの下でスマートフォンを触っていた。私が知らない顔で。
「あやめ、おかえり」
 目線だけをあげたおねえちゃんは、またすぐスマートフォンに顔を戻す。
「おねえちゃんさ、彼氏いるの」
 自分でもびっくりするほど低い声だった。
 おねえちゃんは糸切り歯を見せて「いないよ」と答えた。
「じゃあ彼女は?」
 答えを聞きたくなくて、おねえちゃんが何か言う前に「ちょっと出てくる」と部屋を後にした。洗い流された星空は美しく、鋭い光りが私をずたずたに切り裂いた。コンビニでシュークリームを二つ手に取ったが、今日は一つ棚に戻した。

「あやめ、今日は世界最後の日じゃないよ」
「ことね、世界最後の日はずっと前だったよ」
「くわしく」
 気づいたら得点表の百の位をめくっていたりした。今日は何もかもうまくいかない。下腹部が痛い。苺ジャムみたいな赤いものがどろどろと私の中から削り取られて、排泄されて私がまた一人死んでいく。おねえちゃんの姿も見れない。顧問にどやされながらも痛むおなかを支え、溜息を吐いていた。
「おねえちゃん、彼女いた」
 んー、とことねは首をかしげ、続けた。
「それは半分いいことで半分悪いことだね」
「なんでよ、世界の終わりじゃない」
「だって、しのぶもこっちってことはあんたもチャンスあるってことよ」
 そう、かなあ。と私は力なくまた百の位をめくって怒られた。鞭のように身体をしならせて跳び上がるおねえちゃんはやっぱり美しくて、でも、おねえちゃんは私のものじゃなくなった。双子でも赤の他人。血でつながっていたはずなのに。その血は死んで流れ出ている。同じ細胞から産まれたのに。
「まあ、その他校の女子と別れさせたらこっちのもんでしょ。押して押して押しまくれ」
「そう簡単に言わないでよ」と私は悪態をついて、その場にへなへなと座り込んだ。ちょっと、あやめ? と薄い膜の向こうでことねの声がした。

 おねえちゃんと同じ顔。おねえちゃんと同じ声。お姉ちゃんと同じ骨。お姉ちゃんと同じ血。おねえちゃんと同じ細胞。
 おねえちゃんの全部が私の全部だって、思い上がっていたのは私だけだろうか。このまま血と肉のかたまりになって、ぐずぐずになって溶けてしまいたい。


お読みいただきありがとうございました。昨夜から始まりましたバレンタインデー五夜連載。
あやめの嫉妬っぷりを書くのが楽しかったです。世界の終わりのような日です。
それでは続きは明日の21時です。よろしくお願いいたします。読みましたの拍手もお待ちしております。

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