蒼血のアフェクシオン Chapter01 魔法の学園 02

 私は一人、バスに揺られていた。他の乗客は皆途中で降りていってしまった。私と運転手だけの空間は、窓からの春の麗らかな風としっとりと肌を温める日の光で心地よかった。
 今日、私は魔法士特別区立篠崎学園に入学する。
 人類が誕生して間もなくのことは分からないが、それほど昔からどの時代にも、どの国にも、どの人種にも、どの宗教を信仰していても、一定数私たち「魔法使い」というものは存在していたらしい。
 しかし「魔法」というものはときに恐れられ侮蔑や憎しみの対象になり、ときに手品や科学的根拠のないものとして空想上の見えないものとされてきた。
 その魔法を行使する者、魔法使いたちが生存と教育の権利を求めて立ち上がり、戦い、叫び、訴え、こうして魔法使いへの特別教育が始まったのは人類の歴史の中のほんの少し前のことである。
 そう小学校の最後の年に習う歴史の授業で聞いたことをぼんやりと思い出していた。
 空が青い。窓に映る私の髪は緑の黒髪で、さらさらと肩のあたりでバスの揺れに合わせて動いた。真新しいセーラー服の黒い襟に白い1本のライン。窓に当てた日に透ける指の先、爪の青さが魔法使いの証。

 私たち魔法使いの血は「蒼い」のだ。

 バスがぴたりと止まる。目の前には大きな白い壁が構えていた。壁の向こうはいよいよ魔法使いのための国だ。魔法士特別自治区第一区。日本にある5つの魔法士自治区の中で最も大きい、日本の真ん中の、小さな、小さな街だ。
 期待と不安に胸が揺れ動くのは、どの新入生だってきっと同じだろう。
 バスが動き出し、大きなアイアンの門をくぐると今までとは景色が一転する。空気が森のように澄んでいて、甘くて、目に入る建造物すべてが美しく、私は感嘆の声を漏らす。
 遠くに青白い塔とガラス張りのビルが並んでそびえている。漆喰の壁の街並みはどこかおとぎ話の世界のよう。石畳に揺れるバスが心地よくて私はぼんやりと夢の入り口を彷徨う。
――刹那、私はこのバスが烈火に呑まれ爆ぜるのを見た。

「このバス止めて!」
 反射的に叫ぶと運転手は急ブレーキをかけた。強い衝撃に前の座席に身体を押し付けられる。
「ちっ、痛っ」
 今までここに居なかった者の声がした。乗客は私一人のはずだったのに。
 驚いて見ると、バスの通路を転がったであろう、頭とお尻が逆になって丸まる少女が悪態をついていた。
 パニエで膨らんだ若草色のスカートが顔を覆って同じ若草色の髪だけが覗き、逆に白い下着とガーターベルトが露になっている。何とも滑稽だが、どうしてここにいるのかという疑問が頭を離れない。
 少女は立ち上がると、何故急停車した、と運転手に尋ねていた。
「そこのお客さんが止まれって言うから……あの制服は篠崎学園さんですよね?」
 少女は険しい顔をして私の方を向き直る。
「そこの貴女、なんでバスを止めた」
「このバスが爆発するから……です。信じませんか?」
「確かに治安部予知科からこのバスが爆発事故を起こすと連絡があった。貴女、なかなかやるね」
 初めて見せたロリィタ少女の美しい笑みにドキリと心臓が波打つ。
「さて、お話している時間はないから脱しゅ――――」
言下に少女に手を引かれ、凄まじい爆発音が遠くから聞こえる。

……遠く?

 見下ろすと、先程の街並みが足の下にあった。バスが激しく炎上しているが、何かの壁に包まれるように炎が行き場を遮られている。
「うわぁ、あああっ」
「落ち着きなさい。落ちやしないから」
 上空の空気は冷たくて、高さという恐怖に背筋が凍った。
「大丈夫、僕の手を握っていて」
 少女にしては少し低い優しい声が私を平常心へと近づける。余裕が出てきて見渡すと先程見えた塔より高いところに私たちはいて、少女の逆の腕にバスの運転手がしがみついていた。あの人も空を飛ぶのは初めてらしい。
 少し遠くから、小柄な少女が腰ほどの黒髪を揺らして飛んできた。
「はーさん遅い! 何やってたのよ」
「爆発物処理お疲れ、莉那(りな)」
「またそうやって誤魔化して。はーさんのせいでギリギリまで空間圧縮かけられなかったのよ! もう、どれだけこのか弱い腕に負担がかかったことかしら」
「別に莉那なら余裕だろ。あと、こっちの運転手の方を睦樹までよろしく。たぶん肩が外れてる」
「むー、分かったわよ」
 彼女は運転手を軽々と担いでどこかへ飛んで行った。よく喋る嵐のような少女だった。
「さて、もう入学式始まっちゃうね。ついでに送っていくよ」
 ロリィタ服の少女に抱きかかえられる。
「えっ、大丈夫です、あっ」
 これじゃお姫様抱っこじゃない。私よりお姫様みたいな人なのに。
「怖かったら目を閉じていなさい。すぐ着くから」
 若草色の揺れる髪に琥珀色の瞳が柔らかに輝く。私はまるでキスを待つお姫様みたいにゆっくりと目を閉じた。

 空気の温度が変わった。
「はい、到着」
 目を開けて、美しい少女の顔越しに見える、ヨーロッパの宮殿のような荘厳な建物。今日からこの街で魔法使いのための勉強をする。
「入学おめでとう、黒田蜜瑠(くろだみつる)さん」
 ドレスワンピースを着た可憐な少女は、桜の花びらが舞うようにその場から姿を消した。


こんばんは、佐倉です。お読みいただきありがとうございました。
目線ががらりと変わり、もう一人の主人公の黒田蜜瑠が登場しました。
愛称はいろいろありますが、僕はみっちゃんと呼んでいます。サークル仲間から好評なこの子です。
読みましたのサインに是非とも拍手のほどよろしくお願いいたします。
次回は7月15日更新です。

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