人恋し数学徒

 僕は数学が好きだ。
 数学が好きだと言うと「すごいね」「変わっているね」「答えが1つしかないからいいの?」「解けると気持ちいいよね」などと大抵の人に言われる。
 違う、そうじゃないのだ。と反論しても、伝わった試しがない。数学の世界の奥深さを端的に表す言葉を僕は持っていない。人が生み出した「数学」の世界を自由に渡り歩く。僕が持っている数式を用いて新たな世界を切り開く。和の世界から因数分解で積の世界に、積の世界から展開して和の世界へ。対数を取ってもいい。極限は? 絶対値は?
 いつしか僕はそんな世界の虜になっていた。
 だけど僕は、孤独だった。

「模試の結果を配るぞー」
 担任の体格の良い先生が朝のホームルームで言うと、教室はざわざわと小波が立つように騒がしくなった。
 高校1年の冬。暖房のせいもあるのか一段と乾いた教室で、僕は結果の示された紙を受け取る。全国順位主要三教科の国・数・英、合計997位。お、素数だ。しかも1000に最も近い素数。嬉しくて口元が緩む。
「なーに夏目(なつめ)はニヤニヤしてるの?」
 クラスメイトの美徳(みのり)に小脇をつつかれる。彼女は女子の制服に長い髪、見た目はどうみても清楚な女子高生なのに口調や素振りが男前な変わった生徒で、三人称が「彼女」なのか「彼」なのか正直迷うところはある。
「ちょっと、ね」
 どう返すべきかこまねいていると、美徳に結果の紙を奪われた。
「おー、夏目はまた学年1位か。さすがだな」
「あー……本当だ」
「夏目見てなかったのかよ」
「うん」
 美徳の横から自分の結果をちゃんと見る。


 1年7組 一村夏目

 国語:71.6 学年2位 全国1003位
 数学:81.0 学年1位 全国73位
 英語:68.4 学年5位 全国28605位

 総合:76.1 学年1位 全国997位


「夏目、バケモノかよ」
「うん、なかなかの出来」
「これでなかなかって……偏差値80なんて初めて見たぞ。満点か?」
「いや、計算ミスを1つ。満点なら全国1位だろ?」
「は、はぁ」
 美徳に苦笑されたが、僕にとって模試の結果は副産物で、模試で出題される捻くれた試練とも呼べる底意地の悪い問題に向かっているのが楽しいのだ。僕を蹴落とそうと、ふるいにかける難問に肌が粟立つような刺激を求めている。夜な夜な1人考える問題とは違って、こちらには時間制限がある。いや、人生は有限なのだから模試でなくても僕が思慮できる内容も有限だろうけれど。与えられたものに向き合う時間が限られるというのはなかなかスリルがあるというものだ。
「美徳はどう?」
 僕の結果が気になるということは彼女(?)は結果を教えたいのだろう。
「自分? 自分は……はい」
 待ってましたとばかりにニヤニヤと笑いながら美徳が紙を差し出すので、視線を向ける。


 1年7組 福原美徳

 国語:73.7 学年1位 全国890位
 数学:61.0 学年9位 全国58631位
 英語:69.5 学年2位 全国22604位

 総合:70.3 学年2位 全国9875位


「夏目に数学以外は勝ったぜ。というか夏目、数学ができて語学もできるってどういう」
「別に嫌いでも苦手でもない」
 そっけなく返すと「さすが『天才』は違うな」と言われ、僕はムッとする。
「僕は天才じゃない」
「おう、知ってる」
 さっき天才と言ったくせに飄々と返す美徳に僕はいつもと変わらず振り回される。どこまで知って言っているのだろうか。
 高校に入学してから、気付いたら美徳と共に過ごすようになっていた。でも互いのことはあまり知らない。美徳が男らしい女性なのかそれ以外の性別だと言うのかを僕は知らないし、美徳は僕の「ヒミツ」を知らない。でも、それが丁度いい距離感だと感じている。知らなくたって友情は築けるのだと思うのだ。

 少し離れた席で話す声が耳に入る。
「優希、私、今回は神かもしれない」
「春子のことだから偏差値50超えたとかそういう話でしょ」
「そう! 数学で初めて50超えたの。褒めてくれてもいいのよ?」
「はーいえらいえらいー」
「何で棒読みなのようっ」
 女子生徒2人が騒いでいた。きっと彼女たちはお互いのことをよく知っているのだろう。いや、知らないという自覚がないのかもしれない。でも、何でも話し合える関係がほんの少し羨ましい。知らないことを埋めていける関係が。
「ほう、そんなに見つめて夏目はああいうのが好みか。スレンダーモデル系美人の方? それともゆるふわロリ巨乳の方か?」
「ちっ、違う。そういうんじゃ」
 美徳にクックと笑われる。
「夏目は奥手だな。ま、夏目は数学にしか興味なさそうだしな」
 痛いところを突かれ、僕には笑って誤魔化すことしかできなかった。
 いつの日か、僕にも何でも話し合える人ができるのだろうか。話したいと思える人が。

 人恋し数学徒のお話。


こんばんは、佐倉です。お読みいただきありがとうございました。
久しぶりの一村くんが誕生日祝い小説です。誕生日おめでとう(∩´∀`)∩いえええええい
数学好き語りをひたすらさせられるのでとても楽しいです。
本編の少し前、高校1年の冬のお話です。ここで新キャラを出す暴挙をお許しください。書いていたら出てきたんです。美徳ちゃんもいつか本編に出てほしい。
ハッシュタグ「#一村夏目誕生祭2015」にてお祝いをしています。よかったら一緒に祝ってください。

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