一村くんは数学的天才ではない 1時限目 始まりの完全数 01

 その日は、何でもない桜薫る春の日だった。高校2年生に進級して初めての全国模試で私は有り得ない点数を出したのだ。
「春子(はるこ)どうだった?」
「うっ……ううぅぅぅ優希(ゆうき)ぃぃぃ、どうしよう家に帰れないよぉ」
 中学からの友人の優希に思わず泣きついた。有り得ない。これは有り得ない。
「また春子のことだから数学で酷い点数でも取ったんでしょ。何点だったの?」
「ろく……」
「ろく?」
 暫し躊躇いの沈黙があり、やっと私は声に出す。
「6点」
「えっ、6点? 60点じゃなくて?」
「うん」
 一応弁明しておくけれど、私の通うここの高校は県内でもそこそこの自称進学校だ。そして私のクラスはその中でも成績上位40人しか入れない特進クラス。そしてこの点数である。
「春子、流石にそれはダメでしょ」
「優希っ……私もうクラス落とされるかな」
「一応進級してるから大丈夫……だと思う」
「思うって何よ」
 苦笑いしかしない友人にいくら泣いてもこの現実は変わらない。
「本当に数学だけはダメよねー。暗記科目だけはいいのに。はい、クリームパンあげる」
「ぐすっ……私は今傷ついてるんだからねっ。傷心の極みなんだからねっ。あとクリームパン美味しい」
「それはようござんした」
優希に頭を撫でられて昼休みを過ごすこのときは、まだあんなことになるとは夢にも思わなかったのだ。

 茜色の空。少しだけ日が長くなった涼しい夕暮れ。職員室で担任にテストのことでたっぷり絞られてヘロヘロになっていたところ。
「あっ、筆箱忘れた」
 一緒に帰ろうと待っていてくれている名前通り優しい私の希望の優希に一言メッセージを飛ばして教室への階段を登った。
 こんな点数取るなんて私だって思わなかったよ。先生もなんで私なんか特進に入れちゃったのかなぁ……国公立以外の大学は許さないとかさぁ。
 重い足取りで紅い廊下を歩いていると、コツン、コツンとチョークで黒板を叩く音がしていることに気が付いた。誰か教室に居るのかと思ったけれど前の入口をガラリと開ける。溜め息を吐いて顔をあげると、そこには美しい少年の横顔があった。
  えっと……誰?
 板を見るとびっしりと書き連ねられた数式。茜色に照らされた少年は肩で荒い息をして、瞳は濡れていて、ネクタイは緩み胸元がはだけていて。そして白いチョークを持つ手は震えていた。
「あの……大丈夫ですか?」
 おそるおそる声をかけると、少年はビクッと体を反応させてこちらを見た。教室を染める茜色より紅い顔。ふやけた官能的な表情。少年はチョークを置くと私の方に向かって歩いてきた。
「えっ、あの、ちょっと…………っん」
  拒む私のことなんて露知らず、私の頬を手のひらで掴むと唇を重ねたのだ。
「んっ!?」
 舌が私の唇を割る。逃げようとしても逃さないその凶悪な甘いキスに幼い私は成す術もなく。
  「っは」
 ようやく解放されたときには私は腰砕けになりその場に座り込んでいた。見上げると少年は絶望した顔で立ち尽くしていて。
 「し、失礼しましたっ!!!」
  私は筆箱のことなんて忘れて走り去っていた。


こんばんは、佐倉です。お読みいただきありがとうございました。
一村くんシリーズは以前から書いていたものですが、どうにも納得がいかなくて加筆修正・再掲という形をとらせていただきました。
もう一度、一村くんたちのことを楽しんでいただけたらと思います。どうぞよろしくお願いします。
毎週火曜日21時更新です。
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