一村くんは数学的天才ではない 1時限目 始まりの完全数 02

「それで? 折角ながーい説教をされている春子をわざわざ待っていた優しい友人を無視してダッシュで帰り、帰宅してから気付いて連絡したとはどういう了見なのかしら?」
「はい、すびばせん(すみません)」
 翌日の昼休み、今度は優希に私はたっぷりと絞られていた。髪の毛をくるくると弄りながらすらりとした脚を組む姿はさながら女王さまのようで。 しかし正座で教室の床に座らされるとはどういうことだろうか。
「何かご不満でも? 檜野春子(ひのはるこ)さん」
「なんでもございません河本優希(かわもとゆうき)さま」
「それで、昨日何があったの?」
  何が起こったかを順序だてて思い出してみる。
「昨日……筆箱を取りに行ったら、教室に男の子がいて、数式がいっぱい黒板に書いてあって、それで」
「それで?」
「き、キス、された」
「はあぁぁぁあああ!?」
 優希の絶叫に教室が騒然とする。クラスメートよ、恥ずかしいからこっちを見ないでくれ。
「ちょっと、相手は誰なのよ」
 椅子から降りた優希が小声で訊いてくる。
「分かんないよぉ。この学校の男子で、ちょっとイケメンで、数式をずっと書いてたとしか」
「教室はここなのよね?」
「うん」
  うーん、と優希は唸ると後ろを振り返った。視線を追うとその先には本を読む男子生徒の姿があった。
「もしかしたら一村くんかも知れないわね」
「一村くん? あぁ、理系のトップの人だっけ?」
「そう。私、数学の補習クラス同じなんだけど『数学的天才』って一村くんは呼ばれているわ」
「天才」
「だって補習と言ってもずっと一村くんと先生が話してるだけなんですもの。私には何を言っているのかさっぱり」
「それ補習の意味あるの?」
「まぁレベルの高い授業が聞けるから不満はないわね」
 これだから優希は……私よりずっと勉強できるもの。

「それで何で一村くんなの?」
「彼いっつも補習後に教室で数学やってるのよ。状況的にはぴったりじゃない?」
「なるほど。じゃないわ。なんで私はあんな……」
「あらあら赤くなっちゃってー。ご感想は?」
「柔らか、かった、です」
「よかったわねー」
 あんな恥ずかしい思いをした私をからかうなんて酷い友人を持ったものだ。
「まぁなんでそんなことをしたのかは分からないけど……強制猥褻罪でお縄をかけてもいいわよ」
「え゙っ」
 変な声が出た。目がギラギラしてるんだけどこの人怖い。
「とりあえず事情聴取からしましょうか」
「えっ、ちょっ、まって」
 優希が私の手を引いて立ち上がり、一直線に一村くんの机までずんずん歩く。
「一村くん、ちょっとツラ借りてもいいかしら」
 優希……私は貴女が怖いです。
「いいけど、何」
 顔を上げた一村くんは私の顔を見るなり目を大きく見開いて、それから耳まで真っ赤に染めた。
 やっぱり一村くんだったの?

 結局すぐ昼休み終わりチャイムが鳴ってしまい、話し合い、もとい事情聴取は補習後ということになった。
 あの表情、多分、というか、間違いなく一村くんだ。でも雰囲気は全然違う。昨日はもっと甘美で、酔いしれたような、色で言うと黄昏のような人だった。それでその、えっと、口寄せ……キスをされた。なんでこうなった? えっ? なんで?
 思い出すだけで耳が熱かった。だって、初めてだったんだもん。それに、気持ちよかっ……た。うん、認めたくないけど。
 私より廊下側の斜め前を見ると一村くんがいる。今は清流のように穏やかで、澄み渡っていて、凛として。いかにも勉強ができそうなオーラを出している。いや、絶対私よりはできるんだけれど。
 授業も頭に入らなくてこんなことを堂々巡りで考えていた。新学期からなんてことだ。


こんばんは、佐倉です。お読みいただきありがとうございました。
春子ちゃんと優希ちゃんの掛け合いを書いていると幸せな気持ちになれます。
毎週火曜日21時更新です。
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