一村くんは数学的天才ではない 1時限目 始まりの完全数 03

 コース別の補習後、私は教室に向かった。優希は理系だから一村くんと同じくホームクラスにいるはずだ。教室に入ると予想に反して優希は居らず、一村くんだけが教卓の前で黒板を見つめていた。足音で気付いたのかこちらを見ると、一村くんは開口一番「昨日はごめん」と深く頭を下げた。やはり一村くんで確定らしい。
「えっと、その、私もビックリしたけど……大丈夫だったの?」
 一村くんは顔をあげるとばつが悪そうに頬を掻いて
「大丈夫って……檜野さんこそあんなこといきなりされて、怖かったよね、ごめん」
「ううん、大丈夫、私は大丈夫」
 顔の前で両手を振るとちょっと彼の表情が緩んだように見えた。
「でも、なんで急に、き、キスなんて」
「えっ……それは」
 口ごもる一村くんはとても苦しそうで。
「言いたくないなら別の質問に変えようか?」
「でも、檜野さんは気にならないの?」
「人間誰しも言いたくないことくらいあるでしょ」
「……優しいんだね」
「優希にはお人好しバカって言われるよ」
 えへへ、と笑って見せると一村くんは微かに涙を滲ませたように見えた。キスされた理由は気にならない訳ではないけれど、私は一村くんが苦しそうにしている方がなんだか嫌だった。
「そういえば、私の名前よく覚えてたね。一村くんはほら、『数学的天才』なんて呼ばれてるから知ってるけ――」
「天才なんかじゃない」
 私の言葉をさえぎって強く言う彼に驚いた。
「天才なんかじゃないよ……僕は」
 胸から絞り出すような苦しい声で一村くんはつぶやいた。
「でもすごいんでしょ? 私なんて6点取っちゃってさー」
「知ってる。数学最下位6点の檜野春子さん」
「な、なんでそれを」
 あれ、なんか傷を掘り返されてるよ。塩を塗り込まれてるよ。
「昨日話してるのが聞こえて覚えてた」
「どうせ数学できませんよー」
「いや、綺麗な数だと思って」
「えっ?」
 意味も分からず呆然としていると一村くんはチョークを手に取り、黒板に6と書いた。
「檜野さん、完全数って分かる?」
「今、初めて聞いた」
「じゃあ約数は?」
「えっと、その数を割れる数?」
「そうだね。厳密には正の約数とはその数を割り切る自然数のことだ。つまり6の約数は」


6|1,2,3,6


 一村くんは黒板に数字を並べた。ここまでは私でも分かる。
「そして完全数とは、その数自身を除く約数の和が、その数自身と等しい自然数のこと」
「つまりどういうこと?」
 カツカツと一村くんは黒板に数字を刻む。


6|1,2,3,6

6以外の約数の和

1+2+3=6


「スゴいことだとは思わない?」
「言われてみればスゴい……のかな?」
「6以外だと、28、496などがある。英語だとパーフェクトナンバー」
「perfect number……完全な数」
「数にはそれぞれ性質がある。平方数だったり、フィボナッチ数だったり、はたまた無理数や虚数だったり。みな個性的だけど素敵だとは思わないかい?」
 雄弁と語る一村くんはどこか官能に酔うようで。
「一村くん、顔赤いよ?」
 額に手を当てようとした私を振り払って一村くんは後ずさった。
「ごめん、その、昨日みたいなことはしたくないんだ」
「でも体調悪そうだし……」
「じゃあちゃんと言うよ。僕は数学のことを考えると………性的に興奮しちゃうんだ」
「えっ???」
「だから、その、近寄られるとムラっとしちゃうというか、その、檜野さん可愛いし」
 潤んだ瞳を伏せる睫毛が光って、それはもう可愛いと言うかなんというか。
 んんんんんん? 今なんと?
「だから、責任と言うか、僕と、付き合ってください!」
 ナニガナンダカワカリマセン
「ごめん春子、化学の先生に捕ま……って春子がオーバーヒートしてるじゃないの! このケダモノ何をやったんだ吐きなさいよ」
 遠くで優希が叫び、一村くんが逃げ回る音が聞こえたけれど、私はそれどころではなかった
 えっ? 告白されたの私??? 本当に、新学期からなんてことだ。




春子の数学ノート

完全数(perfect number)

その数自身を除く約数の和が、その数自身と等しい自然数のこと。


◎約数とは、その数を割り切る自然数のこと。

例)
 4|1,2,4
 6|1,2,3,6


自身を除く約数の和なので

例)
 1+2≠4  完全数ではない
 1+2+3=6 完全数である


完全数の例

28=1+2+4+7+14
496=1+2+4+8+16+31+62+124+248


こんばんは、佐倉です。お読みいただきありがとうございました。
章末に物語に登場した数学を解説する「春子の数学ノート」を用意しています。参考になれば幸いです。
毎週火曜日21時更新です。
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