向日葵のような貴女が好きでした

2015年8月3日現在、登場していないキャラクターなど本編のネタバレ要素を含みます。

 8月の頭。降り注ぐ太陽の陽射しが重く、身体の体温調節が難しくなり呼吸すれば喉が焼けるような猛暑日を連日記録している。まだその殺人的な暑さを感じるお昼過ぎ、夏休みだというのに、治安部特務魔法士の拓磨と莉那と睦樹、そして非公開ではあるがこの街の最高権力者、当代の「北辰の巫女」である希咲の4人は指揮官の馨のいる区立篠崎学園の美術準備室に集められていた。
「目的地まで直線距離1.07キロメートル。障害物無し。ターゲットの心拍を確認。室内に2名います」
「羽鳥くん、ありがとう。私もターゲットの視覚から目的地にいることを確認しました。もう1人も仲間だから問題なし、っと」
 絵の具の匂いが熱で噎せるような室内で、並外れた聴力で広範囲の地形や位置を完全に把握できる拓磨と、名前と顔が分かる人物の視覚と共有することができる馨が今回の任務の対象位置を確認する。
 今回の任務を提案したのは指揮官である馨ではなく、長い黒髪を自らの魔法で持ち上げて団扇でうなじを扇いでいる少女、正木莉那であった。
「いい感じね。しっかし、暑いわね。かおかお、この部屋の冷房ちゃんと動いているの?」
「私は冷房が苦手なもので」
 食えない笑顔で返すこの部屋の主である馨に莉那は「そのうち熱中症でマーライオンになっても知らないわよ」と返して続けた。
「今回の任務はとっても重要なの。だから皆、気を引き締めていきましょう。例のアレはむっつん、用意できているかしら」
「まぁ、一応。技術科のクラスメイトに頼んで作ってもらった。ていうか、本当にやるのか?」
 睦樹は呆れ顔で鮮やかな黄色のこぶし大のボールを莉那に渡した。
「そりゃあもうやるわよ。大事な任務ですもの。ね、かおかお?」
「はい、大事な任務ですよ」
 この2人が手を組むのは嫌な予感しかしない、と睦樹は拓磨に話しかける。しかし拓磨は任務だという「スイッチ」が入っているのか真剣な顔で馨と莉那の話を聞いていた。拓磨まで取り込まれてしまったら今回の任務は遂行されてしまうのだろう。
 一方、希咲は額に手を当てて呆れかえっていた。
「貴方たちバカなの?」
「いいじゃないの、希咲たん。希咲がやれと言ってくれたら私たちは正式な任務として動けるのよ?」
 それを職権乱用と言います。
 しかし今回の任務の内容は希咲とは切っても切れないものだけに希咲も断りづらく、結局ついてくるだけついてきてしまった。
「はぁ……別に大きく未来は変わらないから好きにしなさい」
「やったね! 希咲たん大好き! というわけで、オペレーション『バースデー』開始よ!」


 冷房の利いた店のカウンターで暖かい紅茶を飲むことは、俺はとっても贅沢なことだと思う。今日はアッサムティーにしてみた。砂糖は少し多めがいい。店内の木の香りとマッチして鼻腔を柔らかく刺激する。自動演奏のピアノが心地よいメロディを奏で、まるでオルゴールのように何度もそのフレーズを繰り返した。
 店内には店長の俺とバイトの店員が1人だけだから、特にすることもなく店の大通りとは逆側にある中庭の草木をぼんやりと眺めていた。こんなに暑いと弱い花たちはしぼんでしまって可哀想だけれど、真っ直ぐ太陽に向かって咲き誇る向日葵が微笑んでいるようで僕は懐かしい気持ちになる。
 あの人は向日葵みたいな人だったな……とカップに目を落とすと、黄色い花弁がひとひら浮かんでいた。どこから入り込んだのかと店内を見回すと、突如、何かが弾けるように天井から向日葵の花弁が吹雪のように降り注いだ。驚いて立ち上がると花弁たちは俺を包むように舞い上がり、鮮やかな黄色が目に焼き付く。これは……と困惑するが、きっと、アイツらの仕業だ。
「有希さん、ハッピーバースデー!」
 想定通りのアイツらが花吹雪の中から店の板張りの床に降り立つ。色とりどりの頭をしたアイツらが。
「おう、お前ら……営業妨害だ! 今すぐ片付けろ、クソガキ共!」
 向日葵の花びらが足首まで降り積もった店内で有希は怒号をあげた。

「ゆっちゃん、ごめんってばー」
「うるせえ、片付けたら帰れクソガキ」
「痛っ」
 首謀者の莉那の頭にちりとりを投げつけて、有希は箒で床に積もった花びらを集めて袋にまとめていた。
「折角のバースデーサプライズなのにー」
「サプライズ? どう見てもテロだろ。おい馨、お前のとこのガキ共はどうなっているんだ」
「見ての通り優秀ですよ? 加賀くんが用意した爆弾を羽鳥くんが的確な位置に送り、正木さんが絶妙なタイミングで起爆させる。その裏で羽鳥くんが全員を店内に輸送。いい連係プレイでは?」
 窓枠やピアノの上に引っかかったものをはたきで落としながら有希の夫の馨は答える。
「馨、俺の店は殲滅対象なのか?」
「有希の涙腺が対象です」
「ああ、店を荒らされて泣きそうだよ」
 バイトの男の子がゴミ袋を出してくれるがすぐにいっぱいになる。睦樹と希咲も呆れながら手伝い、パンパンになった黄色いゴミ袋は拓磨の移動魔法で中庭に積み上げた。なんとか片付けることができたのは日が傾き始めたころだった。

「改めまして、桜井有希さん、誕生日おめでとうございます」
 カウンターに莉那たち5人が横並びに座り、祝いの言葉を口にした。
「だから帰れと言っただろお前ら」
「いいじゃないの、他のお客さんいないのだから」
 反省の色を見せない莉那の言葉に、同じく反省をしていない馨が「いつもいませんけどね」と付け足す。
「お兄ちゃん、ケーキあるのでしょう?」
 見かねた希咲が助け舟を出す。喫茶店なのだからケーキくらいある、ではなく希咲が意味しているのは「もうすぐケーキができる」ということだ。
「おう、バイトくんが頑張ってくれてな。希咲が教えてくれた例のレシピのケーキの試作品を今日作っているんだよ」
「マスター、出来ました」
 丁度いいタイミングで、ここでバイトをしている男の子がホールケーキを持って奥の厨房から出てきた。有希が「みんなに見せてやれ」と言ってホールのままカウンターの真ん中に運ばせる。
「綺麗だな」
「わぁあ、バイトくんすごい!」
 白いムース生地の上に瑞々しい薄紅色の花が咲いていた。スライスされた桃のコンポートを重ねてケーキひとつが大きな桃の花になっている。息を吸えば、甘みを含んだ酸味と、芳しい桃の香りが胸いっぱいに広がった。
「桃のヨーグルトムースケーキだ。今が旬の桃をたっぷり使ったタルト風ケーキだよ」
 懐かしいわね、と希咲が頬を緩ませる。
「ゆっちゃん、桃好きなの?」
 莉那が意外そうに尋ねる。
「まぁな。菜貴(なき)さんが誕生日に作ってくれていたんだよ」
「菜貴さんって?」
「希咲の母だ。詳しく話したこと無かったか?」
「あまり話さないじゃない」
 さて、話し過ぎたと有希はこめかみを掻いた。うっかり彼女の名前を出してしまったが、丁度彼女のことを思い出していたところだ。話してしまいたい欲望に駆られる。
「よし、話すから一杯茶を注文しろよ」
 今日くらいいいか、と有希は諦めた。

 カウンターの全員の前にそれぞれの紅茶と切り分けられた桃のケーキが並べられた。またいつもの如く各々が違う紅茶を注文するものだから時間がかかってしまったと有希は悪態を吐く。
「じゃあ、話すぞ。そこの写真を見てくれ」
 カウンターの一番壁際の席の端に置かれた、手のひらほどの大きさの写真立てを有希は指さした。
「そこに写っている銀髪の女性が菜貴さんだ。抱かれている赤ん坊が希咲で、横に立っているのが俺」
「希咲にそっくりですね」
 ずっと黙っていた拓磨が呟く。
「おう、美人だろ? 俺は中学1年生まで外で両親と暮らしていたんだ。でも親共は交通事故であっけなく死んだ。『蒼血』の俺のことなんて『緋族』の親戚は誰も引き取ろうとしなかった。人をゴミ虫みたいに扱って笑えたよ。でもこの街で暮らしていた菜貴さんが俺のことを引き取ると申し出てくれてな。それから一緒に暮らしてたんだよ」
 有希は簡潔に話す。それでもヨーグルトの酸味が胸に刺さった。
「菜貴さんは料理がうまくてさ、1人で俺たちのことを養いながら色んなものを作ってくれたよ。そのうちのひとつがこの桃のケーキさ」
 両親が死んで最初に迎えた誕生日に食べたのがこの桃のケーキだった。糞みたいな親に育てられていたせいか、祝われることに慣れていなくて恥ずかしくて仕方なかった、と有希は苦笑した。
「それで菜貴さんは俺が篠崎学園を卒業して数年後に病死した。それだけのお話さ」
 それだけ、の一言に、俺はたくさんのものを隠した。きっと話したら俺は悲しみとやるせなさに泣き出してしまいそうだったから。
「さあ、食ったら帰れよ? ケーキは試作品だからおまけしてやる」
 なんで話してしまったのだろう。きっと向日葵の黄色と桃の香り、それとこの夏の暑さに酔ったのだろうな。

 あれからなんやかんやと話してから莉那と拓磨と睦樹を送り出したのはもう日が暮れた頃だった。誕生日祝いだと言って莉那からは向日葵柄のハンカチ、睦樹からはアルバムの台紙。拓磨からは新しい魔法ペンを貰った。ちゃんと用意しているのならなんで向日葵テロをしたんだ、と思い出しても呆れる。どうやら馨が、俺が向日葵好きだと話したせいで莉那が思いついたらしい。あのおてんば娘を止めてくれる人が誰もいなかったのはどうなんだと馨にもう一度詰め寄っておこう。
 いつもならば夜のバー営業もするのだが、誕生日だからゆっくりしたいという馨の要望によって今日はドアにかけられた看板を「close」にひっくり返した。
 食器を洗って片づけをしていると、馨に後ろから抱きしめられた。
「菜貴さんのこと、ツラくなかったですか?」
「もしかして、妬いてる?」
 茶化してみるが、馨は強く抱きしめたままだった。
「菜貴さんのこと話せる日が来るとは思いませんでした」
「俺もビックリしてる……好き、だった。大好きだった」
 握ったグラスを下ろして、有希は震える声で呟いた。
「有希が菜貴さんの死と向き合おうとしていることは分かります。菜貴さんが好きだった向日葵を植えたのも、希咲に菜貴の記憶からレシピを聞き出すのも。でも、焦って自らを傷つけようとしている有希を見るのは苦しい」
 有希の頬を一筋の涙が伝った。
 話したら自分が壊れてしまいそうだった。それでも、向き合いたいと有希は願った。
 大好きだった。母としてではなく、1人の女性として。でも幼すぎるその想いは届くことはなかった。菜貴さんは母として俺のことを愛してくれた。
「馨、傍に居ろよ」
「はい、私はここにいます」

 夕食をゆっくりと3人で食べて、希咲に今後1年を占ってもらった。魔法使いたちは誕生日に占い師に1年の運勢を占ってもらうのが慣習となっている。北辰の巫女直々に占っていただけるのは俺たちぐらいしかいないのだろうけれど。
「桜井有希。この1年は愛する者を見失わないようにしなさい。大切なものは何か、今一度見つめ直しなさい。さすれば自ずと道は開けます」
「ありがたき幸せです巫女様……希咲、ありがと」
 有希は自問する。夫である馨のことも、遠縁ではあるが妹として育った希咲のことも愛している。それでも、

――――向日葵のような貴女が好きでした。


こんばんは、佐倉です。お読みいただきありがとうございました。
ゆっちゃんこと桜井有希の誕生日になりました(*´ω`)わぁい
本編未登場キャラの誕生日を祝う暴挙をお許しください。明後日くらいに出てきますのでお楽しみに。
本編がだいぶ進んで夏ごろの設定で書きました。色々ネタバレしてるので本編が進んでからもう一度読んでみるといいかもしれません。
Twitterでのコメントもお待ちしております。ハッシュタグ「#桜井有希生誕祭2015」をお忘れなく!

ランキング参加中です
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へにほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ


更新通知をLINEで受け取る


目次