一村くんは数学的天才ではない 2時限目 心の絶対値 01

 ちゃぽん。
 天井に結露した水滴が、浴槽の水面に輪を作った。
 放課後、私が気付いたときには、一村くんは優希にヘッドロックをかけられて伸びていた。
 この状況もおかしいな、うん。
 慌てて一村くんを開放してもらい、優希に事情を説明した。

 その1、昨日、私にキスをしたのは一村くんである。
 その2、今日は一村くんに数学を教えてもらっていただけで、特に卑猥な行為はされていない。
 その3、一村くんの特異体質(数学のことを考えると性的に興奮してしまうこと)により昨日の事件が起こった。
 その4、その責任を取るために、私に今日、告白した。

 優希には愛の告白も卑猥な行為だと怒られたけど、優希の過保護さもどうにかならないものか。だから私には彼氏がいたことがないんだよ、と優希がいない浴槽だからこそ愚痴らせてほしい。

 そっか、私、告白されたんだ。

 お湯の熱とは違う何かで血液が沸騰しそうだ。
 結局、返答はできていないけれど、私は別に……嫌では、ない? 多分、きっと? 本当にそうかな?
 疑問符が頭の中をぐーるぐーる、煮詰めるようにかき回されている。
 そもそも付き合うって何? 何をすれば? 私は一村くんのことす、好きなの?
 それに私のファーストキス…………
「ぬあーっ、もう! なんでこうなるのよー!」
 思いっきり叫んでしまい、母に近所迷惑だと叱られたのは、もう少し後の話。


「おはよう」
 大変です。一村くんが教室の前で出迎えてくれました。
 恥じらいを孕んだ声で伏し目がちに挨拶されるのは、朝イチから刺激が強いです。
「ひゃいっ……ぐ、good morning」
 想定外の出来事続きの私には、この些細な出来事さえも大きな負担となっているようだ。声が裏返って恥ずかしい。
「春子、ここ日本よ。何して……お前か」
 続けて入ってきた優希に性犯罪者を見る目で睨まれた一村くんは、表情筋が硬直していてなんとも可哀想だった。
「優希、大丈夫だから、ダイジョウブ、ダイジョウブ」
「春子、乙女の言う大丈夫ほど信用ならない言葉は無いのよ」
「でも一村くん怖がっているし」
「あら、昨日は共に汗を流した仲じゃないの」
 一村くんのは冷や汗だと思う。絶対に。証拠に、優希を見た一村くんは顔を真っ青にして震えている。
「それで一村夏目くん? 私の大切な友人に何か?」
「えっと、これを」
 逃げるように席についた一村くんに手渡されたのは、4つ折りにされた方眼用紙だった。

 手の中の方眼用紙が気になってそわそわしながら過ごした朝のホームルームも終わり、そっと一村くんに貰ったそれを開いてみる。
「えっと、なんだっけ、これ」
 書いてあったのは数式だった。丁寧なボールペン字で。しかし読めない。縦棒ってどう読むの?
 どうしたものかと眉間に皺を寄せて唸っていると、優希がひょっこり後ろから現れて、その紙を覗いてきた。
「春子って子は……あなたもしかしてこれ、読めないの?」
「見ての通りでございます」
「はぁ……これ去年の内容よ」
 やれやれと頭を抱えられても、私が傷付くのだけれど。
 紙には「|-x|を求めよ。」と書いてある。だから|って何なのよ。かつて見た気はするのだがどうにも思い出せない。
 優希が呆れたように方眼用紙に書かれた文字列を読み上げる。
「マイナスエックスの絶対値を求めよ。檜野さんの返事が聞きたいです。放課後、教室で待っています」
「ありが……え?」
 しまった。数式に目が行っていて全く続きに気付いていなかった。
 もしかしてこれって、
「よかったじゃん、春子。ラブレターだよ、これ」

【問】人生初のラブレターを教室で友人に堂々と読み上げられた私の気持ちを40字以内で答えなさい。(配点10)


こんばんは、佐倉です。お読みいただきありがとうございました。
やっと更新です。お待たせしました。
不憫すぎる春子ちゃんをどう慰めたらいいのか困っています。
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